別に くいが残った訳じゃない。

柏陵とは はっきりとしたレベルの差もあり、

チームとして 東商より何倍も何十倍も上だった。

たいして強くないぜ って言い聞かせてたけど、やっぱし 内心は思っていた。

それでも、そう思えても、

いつかチャンスはきっとくる と考えていた。

いくら背が高い相手にマークをされても、

いくら 脚を引っ掛けられても、

チャンスを信じていた。


ある時、確かにチャンスが来た。

でも 上手く活かせなかった場面だった。


誰のせいでもない。

それはしょうがないこと、

そんな事思うくらいなら次のチャンスに集中しろ っていつも暗示をかけていた。


ふと考えて、
俺はサッカーをしてなかったら、

チームというひとつの絆を経験して来なければ、

違う性格になっていたよ。きっと。

ある人は サッカーは人生だ。 という。

すなわち、人生の半分、サッカーに関わった自分は サッカーで形成されている訳だ。

自己中心的な考えも FWには必要で、周りを頼るだけじゃ 怖くない選手。

空気を読む、流れを感じて 的確にパスを出す、受ける。

ミスした仲間をバカにする(!)励ます。

サッカーを楽しむ。


よくあの殺伐とした中を 楽しめるな って思うでしょう。

だから 困難なあらゆる場面でも 楽しもうと、いろいろ考えたりする事はサッカーが上手な人の考え方なんだ。


そんなに掛けてきたサッカーを終えた事について なにも思わない というのは嘘になる。

けれども、特別な思いは 少ない。


それは 自分がやり切ったからか、心がすでに離れていたのか、、

わからないんだ。


ほんとは 安房戦で 2点決められた時は 覚悟していたんだ。

ああ これで終わるのだろうか。 って漠然と。

でも 一点、同点、逆転 と、奮闘するチームメイトから 気迫が伝わったように思えた。



自分は、以前と比べて サッカーへの情熱が冷めていた。

野心が無くなっていたんだ。

それがまた 情けなくて。

疲れないよう、上手く配分して走ることに専念している自分もいた。

無心でボールを追っかけられなくなっていた。

時々 なんのためにサッカーしているのかわからなくなるんだ。

なぜそう思うのかは 後々気づくのだけど。

だから、

負けたあと、悲しい気持ちにならなかった。

感情も 麻痺していた。

みんな 泣いていたけど

俺は 泣けるほど込み上げるものも無かった。

失礼だよ、確かに。

それなのに いつもと同じ感覚だった。

この後 どこかで流れ出るのかな と思っていたけど、そうでもないみたい。



なぜか 気持ちがよろしくない。

英語で表現するなら、

TOO BAD.


もやもやするのが 心に渦巻いている。

誰かに解いて欲しいけど

そこまで表沙汰にするような性格でもない。

せめて、

ここに 書き留めて置きたかったのさ。

ある奴は

ドラマみたいな 文章を書き上げていたけれど、

俺は 見えない不安を唱えているだけ。

煮え切らない不満をうつぶくだけ。



どうやら


どうやら


俺は 誰かより感傷的で、


どうやら


俺は 誰かより正直すぎるみたいだ。


うまく消化出来ない


そんな人間も 世の中にはたくさんいよう、


その限られた マイノリティの声を、

あなたに聞いて欲しくて。


そんな気がして。




アンニョン






「好きなことをやり続ける」はそんな安っぽいもんじゃない、って思う

忌野清志郎



彼は ロックに対してこう言った。

自分も ここまで言える だろうか。

約10年、現時点で 人生の過半数をサッカーと共に過ごした。

その先々に出会いがあって。


鳴浜FCで 運命の9番を選び(笑)

…実はここで桂と出会っている!

クレシエンテ成東で 謎の6番、

…龍ちゃんは4番で キョロは15番なんだな(笑)

合宿では 一緒にサッカーしてたある女の子のイケメンランキングで覚えてないほど下位だった記憶が(笑)

龍ちゃんは 前原に嫉妬してておもろかったなあ(笑)

そんで小学校では 陽利や諒真、ゆうやと知り合い、

プレデターが大好き、かつイエローカード少年だったなあ(笑)

んで、諒真とある大会に出たら 噂だった えいとがいて、(!)となり、

今でも覚えてる、ある暗いとこで作戦会議みたいなもんで、やけにまとめるドイツのユニ着た ちゃっけー奴がいたんだよな。

そいつは ときがねFCにいるって聞いてたけど いつ見てもいなくて不思議だったなあ。

そんで 中学に上がり、まずサッカー部で 実はめっさ上手い先輩がいて、パス受けたいなあ! って小学校から思ってた夢みたいのが叶うんだよね。

その先輩は 家が小学校と目と鼻の先みたいで、

いってきます!ただいま! みたいな(笑)

そこで羨ましいってのもあったけどね。

ああ、その前に サッカー部に入って先輩達とわあわあしてたら へんな陸上部がいて、 邪魔だなあ とか不注意につぶやいたもんだから 喧嘩売られて、

んで、となりの先輩が その陸上部を追いかけ回してボコボコにした っていう、、

それから、よう! おう! みたいな挨拶するようになった(笑)

夏に銚子に合宿に行って。

まず 体格がハンパない相手と戦わされて、そこそこやれて。

先生にギョッと された(笑)

そんで 総体で 試合に出て、九十九里にヤられ(笑)

桂かよ!! とか内心思った。


二年生になり、新チームでやっていたら キャプテンが上を目指し、クラブへ。

そこが決定的になり、先輩達が 辞めていく。

ひとりだけ残って、しょーもない俺たちを引っ張ってくれて。

やっぱり勝てなくて。

三年生になって、

チームメイトがグレるんだよな、

部室で 花火をし、

とても言えないようなことをしていた。

ナンセンスだよな、

それでも サッカーが面白かったんだよ。

死ぬほど走らされて、

雨のぬかるみの中 わざわざ練習をして、

「おもえらをドロドロにするためにやってるんだよ!!」なんて顧問も言って(笑)

それでも キャプテンにいつしか使命されて、責任感で乗り切ることしかなかった。

前記の通り 荒れてはいたけど 誰も辞めなかった。

自分も ちょっとした 辛い時もサッカーで分散させた。

サッカーが楽しかったし、チームメイトと笑いこけるのも楽しかったから。

朝練は 先生の車が通ると走り出し(笑)

終わって部室に引きさがり、

ワックスつけて ツンツンにして、

手をベタベタにしながら教室に行くっていう、、

先生は さぞ不審だったろうさ!


人数も少ない訳で やっと試合出来る人数になって。

ほぼみんな初心者で。

それでも 最後の総体では 光中から ロングシュートぶち込んでやったんだよな。

まあ 雄大にきめられて終わったけどさ。

あの時も 泣きはしなかった。

悔しかったけどさ、それでも ゴールを決められたことで 少し自信を持ったんだ。

んで、トレセンに行かせてもらい、

初めてのサイドバックをやって、

案外、成高をキリキリマイにしちゃって。

それが功を奏したか、黎明から呼ばれて、

練習会に行ったら どっかでみたことある奴にあって。

終わって、たわいもない話をして一緒に帰って、

八街駅で話す事も無くなったから無言になって(笑)(笑)

まあ そいつとは高校に行って またサッカーすることになるんだけどさ(笑)




とりあえず1m先がボヤけてきたから

残りは 掘り起こしながら次回で。




アンニョン!





そういや 昔、

「深いねえー」とよく言われた。

まあ、これと同じようなブログでね。

あのときは、

ちょうど上地のブログが流行ってた時期で、

どこか 感化されたといえば そのとおり。






そもそも 表現って 自由だと思う?

いやいや、ある程度の限度があるでしょ

って公共の福祉を見つめる者もいれば、

その通り、自分の思ったことは 生かすべきさ

と言う権利を大切にする者もいる。


ちなみに 自分は 後者なんだ。

だからって

なにいってもいいってことじゃないけど。



ただ、良いにも悪いにも 自分と同調である人に出会うと なにかが昇華される。

つまり、表現の自由とは 多くの共感を得るためにあるべきだと思う。


しかし、


しかし、


どうしても 魚介類が苦手なんだ!!


どうしても ジェットコースターが苦手なんだ!!


どうしても 高いところが苦手なんだ!!


どうしても 女の子と話すのが苦手なんだ!!


どうしても 居心地の悪い空気が苦手なんだ!!


だから なんだって??


別になんにもないさ(笑)


ただ、久しぶりだから ざっくばらんに書き留めただけ、

では、

また。