皆さん、こんばんは。


さて、今日は少し宣伝を・・・・・・。


実は、SNSやってます。とはいえ、完全に趣味の範疇ですが。その名も「五島人」(笑)


登録は完全無料です。コミュニティなんかも作っていただけます。


五島の方以外でも、五島に興味のある方、誰でも登録していただけます。


あまり、活発には利用されていませんが、興味のある方はぜひ、ご登録ください!沢山の方でにぎわってくれたらいいな。


と、宣伝はここまで。


今日ご紹介するのは、芦の浦。


なかなか、「あ」から進みませんね(笑) こうしてみると、実に多くの地名があるんだな、と思います。


さて、この芦の浦は、椛島、という島にあります。


場所はこちら



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椛島、といえば本窯(もとがま)と、伊福貴(いふき)という場所が代表という感じがします。


芦の浦は、その丁度中間点、小中学校がある首の浦、という地域から東に曲がった先にあります。


首の浦から山を越えるんですが、山あいから急に視界が開け、港が見える瞬間は、少し感動します。


$五島のいろは
(芦の浦画像、山の上より)


芦の浦の手前には、鷹巣がんぎ、という階段状の崖があり、その崖の上に「鷹巣神社」という神社があります。


それにしても、車が使える現代ならいざ知らず、かつては山を越えたこのような場所に人が住む場所を作るのは大変だっただろうな、と思います。


五島には、このような場所に作られた部落が沢山ありますが、その多くが隠れキリシタンゆかりの土地だったりします。


もしかしたら、芦の浦もそのうちの一つなのかもしれないな・・・・・・と、思って検索してみると、ヒットしました(笑)


それにしても、信仰の力というか、人の力は凄いですね!!
$五島のいろは
※2006年6月に撮影。アジサイが梅雨の海に溶け込むような風景。


皆さん、こんばんは。


またまたお久しぶりです。


さて、今日ご紹介するのは、尼御前という場所。五島市三井楽町にあります。


場所はこちら。



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三井楽町の波左間(はさま)と浜窄(はまさこ)の境界付近の海岸に、小さな祠が祭られています。


「いつの頃からか、一人の男を伴って、漁業を営んでいた賎しからぬ女性がいたが、男が都に登り2,3ヶ月も還らず、留守居をしていた事があった。ある日、長崎鼻に差しかかる船を見て喜び、今煮たたらんとするミナ貝を浜に放り捨てた途端、船が転覆してしまい、悲嘆して尼になったが、男の供養をした後、食を求める術も無く自寂したのではと言われている。その後気位の高かった尼の入滅をしのび、尼御前と称え旧暦10日を命日とし、今の世までも香花を供えお祀りしている」


と、言うのが由来だそうです。


ところで。石川県にも尼御前と呼ばれる場所があります。


こちらは、義経ゆかりの地だそうで。同じく尼御前と呼ばれた尼僧が、その地で身を投げた事からつけられたという伝説があります。


高速道路の尼御前SAの近くにあり、私も一度行った事がありますが、冬場は日本海の荒々しい波を見ることが出来ます。


五島の尼御前も、冬場は同じく激しい波が打ちつける土地で、どこと無く似た景色にも見えます。


むき出しの自然には、悲しい伝説が良く似合う、という事なのでしょうか。
みなさん、こんにちは。お久しぶりです。


気が付けば、ずいぶんと更新していませんでした。


3回目にしてこの感じ!(笑) 大丈夫だろうか。


まぁ、ぼちぼちやっていきます。


と、言うわけで今日は鐙瀬です。あぶんぜ、と読みます。


場所はこちら。



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伝えるところによると、1507年。五島家第16代領主囲公が、妹婿の玉之浦納の反逆に遭い、馬で逃れたところこの地で鐙が切れ、漁船で黒島に落ち延びたが、反逆党が追ってきたため、自刃したという事です。


そのため、この地を鐙瀬と呼ぶようになった、と伝えられています。


溶岩が冷えて固まった、独特の海岸と、穏やかな海。そして亜熱帯植物がまるで日本じゃないような雰囲気を出していて、とても綺麗です。


天気の良い日は、五島市を代表する休火山、鬼岳も美しく見えます。