最近、話題のマンガ「みいちゃんと山田さん」についての記事をネットニュースで読みまして、私も気になるのでLINEマンガ等で一部ですが読んでみました。
1巻と2巻の一部は期間限定でLINEマンガで無料で読めたので、読める分だけ読みました。
正直、障害児の親としては、かなり読んでいて辛くなる作品でした。
主人公というかストーリーの語り手の山田さんの目を通して、明らかに中度の知的障害があると思われるみいちゃんという女の子が、バイト先のキャバクラの後輩となってから、殺されるまでの12ヶ月間のストーリー、というかなりセンセーショナルな作品です。
私は部分的にしか読んでいないから、詳しいことはわかりませんが、みいちゃんは恐らく親が障害児だということを受け入れることができずに育ててしまった子で、漢字を読んだり書いたりできないところから、少なくとも学習障害、現在はディスレクシアかディスグラフィアのどちらか、もしくは両方があるんだろうな、と思われます。
作中では、みいちゃんの他にみいちゃんの幼なじみのムウちゃん、そして同じキャバクラで働いていたニナちゃんという恐らくADHDと思われる女の子が登場するのですが。
ムウちゃんは懲役刑で刑務所に入っていたことがきっかけで、知的障害の診断がつけられて、障害者の授産施設に受け入れられることになりましたが。
みいちゃんは、自分が知的障害であると自覚することを拒否し続けて、必要な支援を受けることができず、破滅してしまう、ということが、少なくとも1巻目だけ読んでいてもわかりました。
息子が療育センターに入園した当時に、保護者会の会長さんが支援学校入学を勧められる重度の知的障害児でも、普通学級や普通校の支援学級で学べば、支援学校で学ぶよりも知能レベルを上げることができて、企業に就職することもできるという、一部の成功例に影響を受けた人で。
↑の著者のお子さん方がその代表的例ですが。
卒園後、支援学校に入学してそのまま高校卒業までいる子の親は、手抜きして努力しない人、という目で見られていました。
今にして思うと、それはとんでもない偏見で、そういう風潮の影響で普通校の支援学級に進学したものの、ついていけなくて支援学校に転校した子もいますし、小学校の時は頑張れても中学や高校で支援学校に入ることになりまして。
その保護者会長さんのお子さんも、結局、高校は支援学校でした。
保護者会長さんご一家が、コロナの時期に地元に引っ越されたので、その後、お子さんがどうなったかはわかりませんが。
小学校で支援学級に行った子が高校卒業後に企業に就職できた訳ではなくて、重度の人向けの生活介護事業所に行った子も多いし、中学で支援学校に入っても馴染めなくて登校拒否になってしまう子も見てきているので、勉強ができるようになるということよりも、障害の特性に合わせた進路を選択する方が大事だ、と痛感しました。
↑で紹介した本の著者の方は、ものすごく意識が高い方で、お子さんのために努力を惜しまないだけでなく、努力に必要なエネルギーに満ちた方でもある、と本を読んでいて思います。
息子が療育センターに通っていた頃の私は、両親や夫からエネルギーを奪い尽くされてしまってエネルギーが枯渇状態にありまして、とてもそこまでできる状況ではありませんでしたので、放デイの支援も受けて支援学校を選択しましたが。
私だけでなく、息子にとっても、その選択が最善だったと思います。
テレビドラマ化された
は、息子が療育センターに通っていた時に読みまして、当時は知的障害児の親のバイブルように扱われていましたが。
一部の特異な人の例だけを見て、「その通りにしなければ、自分がダメな親だというレッテルを貼られてしまう」という思いから、子どもの障害の特性を見誤って合わない進路を選択した挙句、道を間違ってしまう、ということがあってはいけないと思います。
息子が小学生の時に、私が息子に嫌がっているのに無理やり勉強させようとは思わない、ということに対して、その保護者会長の方から「それは違うと思う」と言われましたが。
逆に私は、我が子が幸せな人生を送れるようにと真剣に考えて選択したことを、自分の考えとは相容れないからといって否定する方が違うのではないか?と思いました。
実際、支援学校のPTAの役員になった時に一緒だった方の中に小学校の支援員をやっておられた方がいたのですが。
障害の程度が重くて、支援学校で学んだ方が良いと思われるのだけれども親の意向で支援学級で学んでいるお子さんが、支援学級での学習についていけなくて、学級になじめない、ということで、支援員さんの負担が大きいだけでなく、他の児童の負担にもなっている、という話を聞きました。
そういう話を身近に見聞きしてきているので、お子さん本人の特性を考えずに進路を選択することについて、私は否定的な考えでいます。
私の場合は、息子の障害の程度が重度だったのと自分自身に支援学級で学ばせるのに必要なエネルギーというかパワーが不足していたことから、息子の障害の程度や特性に相応だった支援学校で高校卒業まで学ばせる、という選択をしましたが、結局、その選択がベストだった、ということもありますが、障害がある子どもの障害の程度や特性を無視して、健常児の子どもと同じ、もしくはそれに近づけることに意識を向けることに対して、上手くいけば前掲の本の著者のお子さんのようになれるのかもしれませんが、その道が合わなかった場合、障害に必要な支援を受けられなくて不幸な人生を送ることになってしまう、という可能性について考慮する必要もある、と思いました。
うちの子は男の子だからみいちゃんのように性的虐待や性的搾取を受ける訳ではないのだろうけれども、逆に男の子の場合は、お金を巻き上げられたり、闇バイトなどの犯罪に巻き込まれてしまう可能性が高いのです。
息子のかかりつけの先生から、軽犯罪の常習者になってしまった子の話を聞いたことがありましたが、みいちゃんと山田さんを読んで、その子ですらまだマシな方かもしれない、と感じました。
私のように障害児の我が子の育児だけでなく、毒親や舅姑からの圧力で心身を消耗してしまっている母親が、子どもの障害の特性に合わない学校を選択して無理を重ねてしまった結果、子どもが思春期になった時に対応するエネルギーがなくなり、自分自身が心身を病んで子どもの養育を継続し難くなってしまうんじゃないか?と、自分自身の経験から感じました。
コロナ禍直前に息子が障害児の児童養護施設のショートステイを利用していたことがありましたが、そうした施設に入所した子ども達は、親が心身消耗しきってしまって養育が困難になってしまった家庭の子どももいるんだろうな、と思いました。
息子がお世話になっている放デイでも、理事長さんが一時期、児相からの依頼された子を預かっていたことがあったのですが、その子に対応していた職員さんがメンタルを病んで退職してしまったり、放デイの方でも正規の利用者への対応にまで影響が出てしまって、トラブルが起こってしまったこともありましたので、保護者会で理事長さんに「児相からの依頼であっても、本来の業務外の案件は断ってください」と説得してやめさせた、ということがありました。
今思うと、児相からの依頼で放デイで受け入れしていた子こそが、みいちゃんやムウちゃんのような子だったんだろうな、と思います。
そう考えると、対応に当たっていた職員さんがメンタルやられるのも仕方ないと思いますし、息子も懐いていた職員さんだっただけに、残念だと思いました。
まだほんの一部しか読んでいない状態で、これだけ色々と言いたいことが次々と出てきてしまって、まとまりない内容になってしまって申し訳ないのですが。
みいちゃんと山田さんのみいちゃんは、極端な例だとは思いますが、障害がある子を健常児に近づけることに意識を向けがちな親が見落としてしまっているリスクというか、ネガティブな可能性について示唆しているように感じました。
光とともにの影響を受けている親御さんには、むしろみいちゃんと山田さんの方を読んで欲しいと思いました。


