前回の記事で、ハンドメイド作家の先輩のママ友からのマウンティングにうんざりしたことで、ママ友のマウンティングの背景についてプロファイリングするよりも、私が自分自身と向き合うことが大事なのではないか?ということに気がついた、ということについて聞きました。
そのことに気がついたきっかけが、そもそも、ママ友本人が私から見ると、「自分自身が向き合うべき問題から目をそらして、後輩の私に自分の方が優位だと思わせることで満足感を得ようとしている」と感じたからでした。
ママ友からマウンティングされる以前から、スピリチュアル業界で何人かの人から同様のマウンティングを受けてきた経験から、私がマウンティングされて嫌な気持ちになる相手には、「こっちが全く羨ましいと思っていない低次元の自慢をされてうんざりする」という共通点があることに気がつきました。
それで、マウンティングしてくる相手のプロファイリングをするよりも、なぜ、私がそういう低次元のマウンティングをされて不愉快に思うのか?ということについて向き合うことの方が大事なのではないか?と思いまして、私が他人からマウンティングされて嫌な気持ちになるのは、どういう理由からなのか?ということを深掘りすることにしました。
私は、基本的にB型のマイペース人間なので、他人からどう思われようとほとんど気にしないで、自分がしたいこと優先で行動する傾向があります。
私のそういうところが、他人から良く見られたい傾向が人一倍強い、私の両親、特に母親には気に入らなくて、風当たりが強かった、ということも理解していまして、そのことに気づいたことで、私は自分の母親を躊躇なく切り捨てることができました。
私の行動原理は楽しいかどうか?ということが基準になっていて、現在のお店のスタッフ募集に応募した理由も「楽しそうだから」と感じたからだったのですが。
そのことに気づいたのは、またまたすぅさんのブログの記事 がきっかけでした(^_^;)
すぅさんが↑の記事で書いておられる通り、私も両親の「中学生は運動部に入れ」という勝手な思い込みで運動音痴なのにソフト部に入って貴重な時間と体力を浪費してしまいました
大学進学の時も、就職に有利だからとかそういういらんことを考えずに、自分が好きなこと、やりたいことから進路を選べば良かった
と、後悔していまして。
更に、小学生の頃からずっと、性格も趣味も合わない子と我慢して友だちつき合いして、神経すり減らしていましたし。
特に人間関係に恵まれないのは、「性格も趣味も合わない相手と我慢して友だちつき合いしていた」ということが最大の原因だったんだな、と改めて痛感しました
こういう場合、相手から「友達がいなくて孤立するのが怖いから、離れていくことはない」と足元見られて、一方的に良いように利用されることになります。
まあ、こういう人間関係って、必ず私の方が我慢できなくなって、キレて離れることになる訳ですが。
それで、私の方は「離れても大丈夫」と学習した結果、「合わない人と無理して仲良くするぐらいなら、いっそのこと孤立した方がマシ」という境地に至りました。
よく考えてみると、私に対して「こいつは自分から離れていくことはないから、何やっても大丈夫」と足元見てずっと無茶振りしてきたのが、そもそも両親だったということに気がつきました。
今年の初めに息子へのお年玉送りつけて来られた時に添えられてあった手紙に「覆水盆に帰らず」と書いて送り返して以降、実家からの荷物が来なくなりまして。
そのことに気がついた時に、寂しいとか損したとかいう気持ちになることは一切なくて、「せいせいした!」としか思わなかったので、「もっと早くにこのことに気がついて実行すれば良かった」と思いました。
それで、ママ友に対して年末でのイベントで不信感を感じた件や、低次元マウントは、この最終確認というか運転免許取る時の免許センターでの学科試験のようなものなんだな、と感じました。
ママ友のことにしても、私の方は彼女に対して、困っていた時に相談相手になったり愚痴を聞いたりしていて、心配したり気遣ったりすることはあっても、彼女が幼稚なマウンティングしてくるまではイヤミを言ったりしたことはなくて。
私に対して悪意を持って幼稚なマウント仕掛けてきたのは、向こうの都合であって、私には関係がないことだということにも気がつきました。
なので、そのことで彼女に合わせて私が自分の波動を落とすことはない、とも思いまして、今までとは一線引いて距離を置くことに徹することにしました。
次のイベントの時も、事務的な連絡事項のやり取りはするけれども、そこに私の感情は一切入れないことを徹底することで、トラブルを起こすことなく、他のスタッフの方々と同じように接すれば、彼女の影響を受けないようになると思います。
私の方は、息子の作業所関係でつき合いが続いているママ友もいますし、他のスタッフの方々と打ち解けられていないという訳ではありませんので。
実は、放デイの理事長さんとの関わりでも、マウントを取られたことがありまして(~_~;)
ママ友としては、息子さんが放デイの系列の生活介護施設に通っているので、「自分はまだ現役の保護者だけど、そっちは卒業生でしょ!」という気持ちがあるんだろうと思います。
けれども、その現役の保護者が保護者会で何もしないから、いつまでも理事長さんが卒業生の保護者を頼らなければいけない状況になっている訳で(~_~;)
息子が卒業して、今の作業所に通うようになってからも、相談支援事業所は今までの放デイでお世話になっているし、私は10年近く保護者会の役員をやっていて、理事長さんとの信頼関係を築いてきたということもあるので、正直、そんなところで幼稚なマウントするぐらいだったら、ちゃんと保護者会の手伝いしなさいよ、と思います。
ママ友は、以前、夏休みの給食当番を1回で良いところを2回も3回もやって、夏祭りの直前で体調崩してお手伝い予定をドタキャンすることになってしまいまして、当時会長をしていた息子の同級生のお母さんな方のママ友と私の二人が手分けして、ママ友の穴埋めをすることになったことが有りました(~_~;)
そのことがあった以前から、理事長さんがママ友のことを「何もしない人」と言っていまして、誰も役員をやってくれないから、役員を引き受けてくれたことはありがたいとは思っているけれども、会長だったママ友や私とは違って、役員として信頼関係がある訳ではない、と感じました。
夏祭りの当番の件があった当時は、仕方がないと思っていましたが、ママ友の闇を知った今となっては、結局、私の母親と同じで、良い人だと思われたいから、後先のことを考えず、なりふり構わずに良い人アピールしていただけで、その結果、人に迷惑をかけることになっても持病があるから仕方がない、ということで終わらせてしまって反省しないし、怒っている相手が悪い、ということになるんだな、と思いました。
今の仕事を始めることになって、ママ友の闇が見えるようになってきたのは、私の両親、特に母親や父方の従姉妹と同類の人を通して、彼らの思考回路について客観的に考察して学ぶ機会を与えられたということなのかな、と思いました。
このママ友や父方の従姉と同類といいますか、多分祖父母の初孫として甘やかされて育ってきたらしい知り合いがいまして。
この人もママ友と同じような言動をする傾向がありましたし、同じようなマウンティングもされて今は音信不通になっていますが、この人が私が色々な人のセッションを受けていたことについて「認められたいというのはわかるけれども」と言った時に、私は「ハぁ?(@_@;)」と思いまして、当時は「この人のメンタルには好奇心という概念が存在しないんだな」と思ったことがありました。
その後、スピリチュアルジプシーをやめると決意して自分で易を立てるようになってから、よっぽどのことがない限り、他人のセッションを受けたり視てもらうことはなくなりましたが。
よく考えてみると、その知人は私のことを「何の取り柄もない女」と思っていたから、スピリチュアルリーダーとかセラピストのセッションを受けることで承認欲求を満たしている、と思っていた、ということに気がつきました。
まあ、その知人の価値観で見れば、そうなんだろうな、と思いますが、生憎私は、そんなどうでもいい陳腐な物差しで測られても痛くも痒くもないですし、むしろ他人をそういう物差しで測る人を「何の魅力もないつまらない人間」だと思っています。
そんな感じで、今回は低次元のマウンティングされてうんざりしている自分自身の気持ちに目を向けて、客観的に考察してきましたが。
今まではそういう人達に対してうんざりして、遠ざかることばかりしてきました。
けれども、今後はそういう人達のことを「本人は気づいてないけど、かわいそうな人」と思って、遠巻きにして眺めていれば良いのかな。
感情を徹底的に味わい尽くして手放す、というのはこういうことなのかな〜と思いました。
