先日購入した桜井識子さんの著書

 


の「過去世のヒント」という項目の箇所に、戦争関連の特番を見ていた時、特攻機が敵艦に突っ込んだり、撃墜される場面を見ていて、なぜか涙が止まらなかったそうなのですが、桜井識子さんには戦時中に特攻隊員だった前世があり、飛行機に乗るのは好きだけど、落ちないか心配になったり飛行機に乗ったら生きて帰って来られない、という気持ちがなぜかあったりしたそうです。

 

この話を読んで思い出したことなのですが、実は、大河ドラマの「八重の桜」のオープニングで、多分エキストラの方々なんだと思うのですが、会津の名もない民の人々の顔が次々と映し出される場面でなぜか涙が出て困ったことがありました。

 

当時は、戊辰戦争の悲惨さがわかってるし、年齢のせいで涙腺が緩んでるんだな、程度にしか思っていませんでした。

 

が、去年、リマさんのミニヒプノセラピーを受けて会津藩士の過去生がわかったことで、その理由がはっきりとわかりました。

 

ここで映し出された会津藩の民の顔が、会津藩士過去生で関わった村民たちの顔にダブって見えたから、涙が出て来たのだと思います。

 

実は、「白虎隊」のドラマを見た時も、「八重の桜」のドラマ部分を見ても、涙が出て来ることはありませんでした。

 

なので、幕末当時に会津藩士だったわけではないと思うのですが、オープニングのその場面でだけ涙が出て来たということは、時代は違っても会津藩士だった過去生の記憶の琴線に触れたのでしょうね。

 

実は、一昨年の暮れに沖縄旅行に行った時、ひめゆりの塔の記念館で、ひめゆり部隊の女学生たち一人一人の写真と名前とその詳細が書かれたパネルが展示してあった部屋でも、同じように涙が止まらなかったということがありました。

 

この人は無事に生きながらえたのだろうか、と思って見たら、亡くなった、という記述があるばかりで、生き延びた人を探そう、と思っても、どの人も犠牲者ばかりでやりきれない気持ちになりました。

 

でも、よく考えてみたら、広島の平和記念館に行った時も、長崎の原爆資料館に行った時も、会津の飯盛山の白虎隊記念館を見学した時も、こういうことはありませんでした。

 

このことから、私にはもしかしたらひめゆり部隊の女学生だった前世があるのかもしれない、と思いました。

 

実は、沖縄に行ったのはその時で3回目だったのですが、戦争関連の史跡に行く気にはなかなかなれなくて、3回目でやっと行く気になって行きました。

 

首里城には、最初に行った時、最終日ですがちゃんと行けたというのに。

 

そういうことを考えると、琉球の王女の過去生だけでなく、ひめゆり部隊の女学生(もしかしたら、他の女学校の生徒で戦争で亡くなった女学生の可能性もありますが)の過去生もあるんじゃないかと思いました。

 

まあ、防空壕の中で亡くなった人の情報が、ロシア革命でボリシェビキに虐殺された過去生を思い出させる、ということもあるかもしれないですが。

 

今の時期、戦争関連の特番を見る機会が多いですが、それが琴線に触れる方は、やっぱり戦時中の過去生があるかもしれないですね。

 

あと、

 


という少女マンガが連載中からやたら気になってました。

まあ、突っ込みどころはあるにはあるんですが、どこか過去生に引っかかるところがあるのかもしれません。

 

どくしゃになってね…アメンバーぼしゅうちゅう