スリランカで大変なテロがあった。

Pray for Sri lanka
旅で訪れた国の中で行くまでのイメージと実際に行ったイメージが一番違ったのがスリランカ。

それは、旅の初日にスリランカの人々の気遣いに触れたことが大きい。

コロンボに到着したのは夜。
迎えに来たガイドさんに
今年のペラヘラ祭りはいつですか?
と聞くと、今日との返事。

そして、ガイドさんは
行きたいですか?
と聞いて来た。
スリランカ1番のお祭り。そりゃいけるものなら行きたい!

すると、ガイドさん、
行きましょう!

その晩はコロンボ近郊で泊まるはずだったのに、車を走らせお祭りの街、キャンディへ。
2時間以上の距離を駆け抜ける。

まつりのハイライト、パレードに間にあわせるために。

そして、、、
無事に間に合った私達。
国中から集まったスリランカの人々がパレードの道の周りに溢れてる。

後ろから覗く私達。

突然来た外人にみんなが注目する。
スリランカに到着してまだ数時間しか経っていない何もわからない中、
見知らぬ国で暗闇の中の見知らぬ人々に囲まれ、見知らぬ人々からじっと見られる、、、

群衆に囲まれ戸惑っていると、スリランカの人々が私達を前へ前へといざなう、、、、

あっという間にパレードが見えやすい位置にいる私達。

スリランカの人々は、明らかに外国からの旅行者とわかる私達にせっかくなら、お祭りを楽しんでもらおうと前へ押し出してくれてたのだ!

思いやりから思いやりへバトンタッチされた。
これが本当のおもてなしだよなぁ。

インドの近くなのでインドと同じイメージだったけど、全く違った。

敬虔な仏教徒。寡黙で真面目で誠実。

日本の考え方5S「整理・整頓・清掃・清潔・躾」に共感して、ノリタケなどの工場で働くことを誇りに思ってくれている親日国スリランカ。

サンフランシスコ講和会議で日本を救ったスリランカ。

そして、魅力的な観光資源も。
歴史あるシーギリやロック
像の孤児院 ピンナワラ

ダンブッラの石窟寺院


そして、アマンの元となったジェフリーバワのリゾート建築


スリランカから帰国してからというもの、もっと日本の人にスリランカの良さを知ってほしいと思っていた。

それが、今回のテロ。

スリランカは国際紛争に巻き込まれてしまった。

悲しすぎる。酷すぎる。
とにかく平穏に戻ることを祈るしかない。

そして、日本を救ってくれた仏陀の教えをそのまま伝えたい
憎しみは憎しみによっては止まず、ただ愛によってのみ止む

辛い現状のスリランカの人々には辛すぎるかもしれないけど、平穏な国に戻るために憎しみの連鎖が起きませんように。