I Don't Like the Drugs (But the Drugs Like Me)
不健康にあこがれがある。ロッカーたるもの不健康なくらいがカッコいいという理由もあるが、それだけではない。「いやあ苦労してるんだねえ」の一言をかけられたいのだ。どちらにせよ、なんとも器の小さいことである。
私は給料を得る仕事に就いて、すなわち世に言う社会人となって約9年になるが、思い出せる限り一度も病欠がない。旅行に行きます、という根性の太い声明と共に休暇を取ったことはあるが。風邪をひいたこともある。ただし喉がかれて煙草がまずくなるだけだったり鼻水をすする間は無駄口を叩けなくなるだけで、仕事内容に全く影響がない。それどころか他の社員にとってはいいことづくめな上、たかだか1日しか休めないような病欠に私も魅力を感じない。よっていつもどおり出勤してしまうのである。
突然だが今年の夏は暑かった。現場の日差しは肌を焦がし、ジリジリという音まで聞こえてきそうだ。しかし肌が日に焼けるのはいつもの事。この日差しが私の肌を顔及び肘から下のみこんがりと焼き上げ、銭湯において「あ、シャツ脱ぎ忘れた」というつまらない冗談の材料を提供してくれると思えば大した問題ではない。つまらないって言うな。
腕にボツボツが出たのはそんなある日だ。肘から下、普段日の当らない腕の裏面(とでも言うのか)に始めはまばらに。なんだか痒いのでばりばりと掻く。すると次の日にはボツボツが増殖している。虫刺されと違うのは掻いた後に痛みを伴わないところである。つまり、掻けば掻くほどしびれるような心地よさが走るのである。しかし増える。
発生から4日後の朝、目覚めた私は驚愕した。腕の裏面が半魚人のごとくでっこぼこになっているのだ。寝ている間に腕をばりばりと掻いてしまったらしい。ところどころに血が滲んだ半魚人の腕。あまりの気持ち悪さに鳥肌が立ち、でこぼこがちょっとグレードアップしたくらいだ。
真っ先に日光湿疹、という単語が浮かんだ。うちのバンドのベース、石川君は日差しに弱く、日光を浴びると灰に、じゃなく赤いボツボツができる。よって夏のたびそれを見る私は「このもやしっ子が」と自らの黒い腕を並べて悦に入っていたものである。それが私の腕に。なんたる失態か。日々工事現場で過ごす私がもやっし子だと。誰だそんな予想外のレッテルを私に押しつけるのは。お前か。出てこいイケナイ太陽め。いやだめだ出てくるな。日に当たると、また腕が、ウデがあああ。
恥ずかしい独りごとはさておき、病院嫌いでならす私もとうとう皮膚科に行った。もちろんお休みの土曜朝イチ。初診ゆえか私より先に受付を済ませた他の診療客よりもいくぶん早く呼び出され、妙齢マダムの先生が私に言う。
「はいどうしました腕が痒いそうですけどまだ肩までは来てないのね受付の内容は見たけどどのくらい前からかわかりますか月曜日からってありましたけどまずはじゃあ上を脱いでくださいね」
マシンガントークで何かいろいろ聞かれた。理解が全く追いつかないものの、向こうは全て分かっているようである。結果私に今求められているのはシャツを脱ぐことだけのようだ。脱ぐ。途端にすいとマダムの手が伸び、私の腕をそれはもう優しくなでまわす。ちょっと、触っちゃだめっすよ。痒くなっちゃうんだから。あ、でも診察の必要があるのか。いやでも、ほーら痒くなってきちゃった。
「ああ掻いちゃだめですよついつい手が出ちゃうんでしょうわかりますだけどそこは抑えて我慢するのほら今手が動いたわかるのうんわかりますけどそれも意識はしてないんだろうけど我慢してあと爪もちょっと伸びてますから切るように引っ掻いた後に傷になっちゃうから」
今度は半分くらいしか拾えなかった。ただ、なんか私が色々よろしくない事をしている事だけはわかった。ごめんなさい。で、病名は。
「ああジンマシンですね違います日光湿疹はこんな風にはなりません疲労から来てるみたいです休養で治りますけどとりあえず抑える薬これは飲み薬ねあとひっかいて傷になっちゃってるからその炎症を抑える薬これは塗り薬ですけど今塗って処方もしておきますから次に来れるのはいつごろになりますか」
「次に来れるのは」以前の言葉は追いきれない。一週間後です、とだけ答える。
「はいじゃあ一週間分処方しておきますのでとなりのとなりの薬局で受け取ってくださいね朝夕食後の飲み薬と炎症用の塗り薬を用意しておきますからそれじゃあ今から塗り薬だけ塗っておきますからね薬が無くなったらまた来てくださいねそれじゃあとお願いね」
診察が終わった、らしい。わずか3分ほどの嵐も去った。入れ替わりでもう少し年若のマダムが小ビンを片手に現れ、私の腕に薬を塗ってくれる。その間に先ほどの早送り言語を思い返しながら検める。何かがひっかかったのだ。何か。
「疲労から来てるみたいです」
え。あれっ。そ、そうなんですか。ついに私にも疲労による不健康の訪れが。ああ神様。この喜びを世界中に発表してくれ、ダーーーリン。さあ大変だ会社に連絡をしなくちゃ。体調不良により宮下は結婚します間違えた欠勤します。この時を一日千秋の思いで、思いで、えー、と。
腕が痒いから、なんて理由じゃ休めないではないか。畜生。
後日譚。処方された飲み薬を飲んだ翌日にジンマシンは全て消えた。私の疲労なぞこんなものである。いや、大変アリガタイコトナノデスガ。