ガットハロのブログ’混石’ -63ページ目

ながい愛

彼は言った。「長い」
私は答えた。「そうね」


 ここの記事のことである。ここのブログ、確かバンドの広報を謳っていたのだが、いつの間にか、と言うか割と最初から、概ね私のざつぶんはっぴょうかいの場になっている。


 そしてこれがまた、長い。長いと言っても世にいうエッセイとかの類より短いが、画面で見ると自分でも「うわっ」と思うくらい長い。更に主張がない。オチもない。ダメッダメである。特に携帯でアクセスしてくれる方なんかはこんな長文を見たら私をストラップで絞殺したくなるのではないか。検死の結果、直接の死因はストラップに付いたスヌーピーの鼻っ面です。


 その辺については今のところ、有名なバンドマンでも文筆業の人間でもないしいいんでないの、と自分に都合の悪い面から目を逸らして改善もなく続けている。日々訪れる幾多の問題に対し、かように自分に優しい対応で30年と少しを生き残ってきたのだ。バカサバイバーである。


 ウルフルズさておき、職業作家がどういう方法で文を紡ぐのか知らぬ私としては、ただ長く書くのは楽なのである。切り詰める方がはるかに難しい。もしもここの記事をマトモに読んで下さる方がいたとして「こりゃ長いね」と思われたなら、このブログに限っては私が文章を切り詰めてまとめる努力を怠った証と思って頂いて間違いない。


やってみなくちゃわからない


 突然だが、誰もがこの一言を聞いたことはあるだろう。何か大変な挑戦を行う場合や、危険を冒して立派な成果をあげようとする際に漫画の主人公とかが口にする台詞である。


「俺たちが甲子園に行けないなんて、やってみなくちゃわからない」
そうよがんばって安仁屋クン。川藤菌に気を付けて。


「この新製品『肩こりすっきり体脂肪計』が売れないなんて、やってみなくちゃわからない」
そうともファイトだ工場長。多分売れないけど。


「俺たち村人だけじゃ魔王を倒せないなんて、やってみなくちゃわからない」
いやいや勇者に頼めよ。


 さてわかりやすく例を挙げながらかえってわかり難くなったところで言おう。世の中それほどドラマチックなことでなくとも、やってみなくちゃわからないことだらけである。そして私にとってはその中の一つが、「やってみると、どうでもいい文章なら意外と書ける」という事だったのだ。だから前置き長いって。


 またしても突然だが、実は今、新しく曲を作ろうとしている。今まで多少とも心掛けていた「低い音の曲」という縛りを無視して。理由は大したことではない。縛りを少なくすれば早く作れるかな、という期待と、場所と人を選ばず弾ける曲が欲しいな、と思ったから。ぬう、実に軽薄。低い音を使わないだけに。軽い音だけに、ね。ねっ。


 そこで作業簡略化の第一歩として、今や全くうちで弾いてくれないアンチクショウ西川(ギター弾き)に、コード進行及びメロディラインのごく荒っぽい案を提供させた。結果、曲の断片は存在するのだが、アレンジその他は全く白紙という状態である。つまりまだ私はなーんもしていない。


 それから一月ほどたった今。制作が、全く進んでいない。それは何故か。


なんとなくその気になってないから


 なぁに言っとるのかお前は。阿呆か。阿呆だろ。阿呆だな。その気てどの気だ木になる気。いっつも休日だって何もせんと寝っ転がってるだけのクセに。ニートか。ニートて何の略だっけ。N(ねえ、)E(えーっと、)E(選んでる時間なんて)T(とっくに無くなってるんだよ?)の略か。知らんわ好きに略しとけ。やっぱり阿呆だろ。


 えらい方向に話が逸れた。まあいいやと逸らしっぱなしで続ける。以前の私は、オリジナル曲制作をこういう作業だと考える人間ではなかった。まずは先につらっと言った作業簡略化とかいう場所。コードとメロディがあったら曲終わりじゃん。出来上がったとしても宮下なんもしてねえじゃん。と思っていたに違いない。今もちょっと思うけども。


 更に言えば曲制作に際し、出来上がりを意識的に方向づけてから行う事があるなどと考えもしなかった。具体的には、今回の制作ではアコギのコードかき鳴らしとエレキギターのメロディラインが入った音源を元に、メロコアっぽい出来上がりの曲にする予定である。


 さあここまで来ると、音楽的にとっても邪道なことをしている気分がもりもりと湧き上がってくるのである。だって作曲って「舞い降りて来るものを捕まえる」作業だとか聞いたことあるし。コードとメロディありきで後付けの方向性とかだと「撒いてもらった台の下で拾う」みたいな感じだし。餅まきか。正月か。


 というような事を考えつつも、誰あろうバカサバイバー宮下、今さらやり方を改めるほど出来た人間ではない。曲についてどんな作り方が正解かも知らないし。スケール云々と聞いたら縮尺ナンボかなと思うし。私が鼻歌から作れるのなんか鼻歌だけだし。耳コピて何よ。耳増えんのか。へん、ちゃんとした曲が欲しいならちゃんとした作曲家に頼めばいいじゃない。あんたなんか知らないっ。


 かくして穴だらけの自己弁護を胸に西川音源を聴き、こーんな感じい?とか言って叩けもしないドラムを打ち込み、西川の書いたコード譜どおりにえいやっとダメなギターソロよろしくベースラインをはじき、ジャカジャンと西川の音源通りにギターを弾いて、作りかけの川柳みたいな歌詞を吹き込み、新曲でございと表明する予定である。


 どんな表明か。こんなだ。


「ガットハロの新曲、近日リリース!作曲が西川、編曲作詞が宮下!カミングスーン!!」


 あっ、恐ろしい。何それミュージシャン気取りで、あっ、厚かましい。ギターの弦が足に絡んで池田屋の二階からごろんごろんと落っこちちゃえばいいのに。何がリリース、何さカミングスーン、あっ、憎たらしい。


 しかしまあ、その憎たらしい発表に至るまでは、私の文章に劣らず無為で長いながい時間を要するに違いない。なにせアレンジこそ勝手に方向づけたものの、決まっていないことが山積みなのだ。どのくらいの速さにするか。どのような展開をしているか。パートはいくつか。そういえば部屋の掃除をしようか。その前にコーヒーでも淹れようか。あ、久しぶりに本屋さんに行ってみるか。


だからそういう事してるからなーんも進まないのだよ、この一ヶ月も


 これからもそうやって生きてくのか。そんなことでいいのか宮下。お前はそれでバンドマンとか自称できるのか。コーヒーがどうとか言ってる場合か。なに掃除。そんなもん毎日5分づつやってりゃ家中ぴっかぴかだ。やらんだろお前。やらないね絶対。学生の時から宿題なんか翌朝6時まで、それでも終わらんで。おまけに遅刻して、昼寝までして、ああこの馬鹿だから今掃除やろうったって無駄だ。おら作れ。はよギター持て。パソコン起こせ。その前にお前が起きろ。コラ寝るな。


 まったくなっちょらん、と新刊片手にレジを打つ店員さんをぼさーっと眺めながら、生ぬるく自省のフリをする自分に気付くのであった。あれ、いつの間に本屋にいるんですか私は。ああ、もう夜だ。帰ってお風呂入って寝なくちゃ。


 ということで、目下のところ制作快調(じゃないってば)。いやあ、30余年を生きるとこんなイイカゲンな奴になるだなんて、全く人生「やってみなくちゃわからない」。


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「なーんてね。くくっ」
「うまくまとまってはいないぞ、全然。いいから曲をまとめろ」
「あ、うまい事言った」
「曲」
「…はい」


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[補足]今回も普段の記事に輪かけて長い。本当はもっと長くしようとしたのだが、狙うとそれほど長くならない。さすが私。あの、そんな理由なのに全部読んだ人がいたら、ごめんなさいありがとう。携帯で見た人は絞殺に備えてストラップ新調とか、しないでください。ところで、スヌーピー、かわいいよね。