さて、その嵐の日々のなか、常に不安であったことが、小説を書く時間がないということ。

そして、好きな本を思い切り読めないということだ。


さりとて、嵐を過ぎた今であっても学校に通い、課題をこなし、そして家事に励む日々の中、十二分に本を読む時間などないのだが、それでも今は一様、週に二、三冊は本を読める。


やはり、本を読むこと。そして、読み終わった物語へ想いを馳せること。

これぞ、文学少女の文学少女たる由縁であろう。


不思議なことに、一カ月の間新しい物語を与えられなかった身体は、活字に直ぐに馴染めない。

水の中を泳ぐときの、水が身体に乗る感覚。

水に乗るのではなく、水が乗る、あの滑るようになめらかに泳ぎ渡る感覚まで遠いのだ。


そんなとき、手に取る物語は、やはり堅実な作家のものがいい。

大好きだ、と云える作品が既にある作家。


そして、そのとき文章の美しい作品が読みたいと思った心から思った。

直ぐに頭に思い浮かんだのが、『家守綺譚』。

梨木香歩の作品にすることにした。




『エンジェル・エンジェル・エンジェル』



良い子であろうとする現代の少女(高校生ぐらい)の主人公が、痴呆の始まった祖母と同居する物語。

一方で戦前であろう時代の少女の視点で祖母との交流や女学校での生活が描写される物語。

この後者の戦前を生きる少女が、前者の現代に生きる少女の祖母であることが次第に分かって行く。

現代は黒のインク、過去は少し薄いインクで交互に物語は進み、次第に二人の少女はひとつの時代で交流していく。


これといって、あっ!という事件が起きるわけではない。

ただ日常を生きていくには少し心を嫌な感情に覆う出来事が両方の時代で起きて行く。

なんてことはない、けれど少女の感受性や若い精神はそんな出来事にも大きく苛まれる。

理屈ではない、陰り。心を覆う曇天のような蟠り。それらを、二人の少女は交流することで紐解いていく。

どちらの時代も、どちらの時代だけでは解決できない。

二つの時代が交わらなければ、癒されない傷。

奇想天外な出来事が起きるわけではない、実際に起こりそうな話であるに、それでも何処か幻想的。

なにより、梨木香歩の香り高い文章が彷徨う。そう、まるで少女の足取りで歩くように。

著者ならではの安定感が最後まで物語を誘う。


詩集のような独特なサイズ、美しい装丁。

時代が変わる事に代わる活字のインク。

箱入りなところも、素敵である。

文庫本でも出ているのだが、敢えて単行本で買って欲しい一冊だ。


エンジェル エンジェル エンジェル/梨木 香歩
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