武術はもともと戦争のための技術でした。
集団戦の中で敵を倒し、生き残るための実用的な方法として磨かれてきたものです。
武術は、武芸だけでなく隠密や諜報などの特殊技能を含めて忍術としたり、要人を守るための警護術として用いられるようになりました。
武士個人の身を守るための護身術が派生し、武士に限らず一般の人々の護身術も発展しました。
近代になると、武術は教育や娯楽の側面も持つようになり、安全性や公平性を重視したスポーツとして体系化されます。
さらには実戦性を重視した競技形式も生まれ、武術は「戦う技」から「学ぶ技」「競う技」へと枝分かれしながら発展してきました。
そして現代。
廣木道心氏が創始した護道は新たなカテゴリーを生んだのではないでしょうか。護身術の一種と言っても間違いではありませんが、護道の護は介護の護でもあり、看護の護でもあるという、従来の護身術とは一線を画すものです。
それは自他護身という理念無くして成立しない流儀であり、格闘術ではなく「戦わない武道」なのです。
廣木氏は発達障がいをもつ御子息の育児の中で模索し、さらには自ら介護士となって技術を検証されたようです。
従来の武術が理想として掲げることもあった「自他共に傷付かず収める」という境地、それを必須の前提条件としなければならない現実。
「お母さんにも達人になってもらわないといけない」と動画で語る氏の言葉は刺さりました。
実は私の子供にも障害があり、発達障害について調べるようになって、他害や自傷行為で困っている人がいる事を知りました。
成人して、体が大きく、力も強い強度行動障害者の暴れる様が激しすぎて、職員が対応できず施設入所を断らざるを得ない現実。しかし親は年老いていく。親が亡くなったらこの人はどうなるんだろう…?
私はこれまでずっとリアリズムを失わないようにと思って護身について考えてきましたが、
通常の護身の考え方なら、敵から逃げても良い、しかし、
逃げても解決しない、かと言って制圧するのもなんだか違う…
そんな厳しい場面がリアルに存在するということに思い当たりました。
それから程なくして知ったのが護道です。
だいぶ話が長くなってしまいましたが、護道がいかに画期的か、その一端をお話ししたいと思います。
画期的なのは理念だけではありません。
護道構えの作り方で強い姿勢になるのです。
姿勢は単純ではないということを声を大にして言いたいです。なんなら、死ぬほど難しいと言ってもいい。
私が学んだ空手流派には、「姿勢から出る力を大切にしなさい」という流祖の言葉が残っています。姿勢の空手と言っても過言ではありません。
私は姿勢ができるようになるまでに10年かかりました。何度も心が折れました。空手をもうやめようと思ったこともあります。
私の10年の苦労からしたら、護道構えの作り方は一瞬なんですよ! 「何じゃこりゃあ!?」と思いました。なんて画期的な…
着物の袖を纏めるのに襷掛けというのをやると思いますが、昔の人はおそらく上半身の上半分を固定するためにもやっていたんだと思います。
護道構えも、襷掛けのように、上半身の上半分の姿勢を作ってくれます。
そして構えをそのまま対処時に使えるという。なんと素晴らしい!
ひょっとして構えによる戦略の方ばかりが注目されがちかもしれませんが、構える前、つまり構えの作り方にも大きな意味があります。
構えの形だけ真似しても効果は半減するんですよ。姿勢を簡単に考えないでいただきたい!!!
剛とは何か?
護道は相手を攻撃しないと決めた武道ですが、厳しい現実との摩擦・衝突があったからこそ選ばれた道なのでしょう。
概念としての剛とは、荒々しい技や力を意味するのではなく、そのような技を含めた粗暴な力に対抗すべく発揮される強かさ(したたかさ)です。
柔の技の中にも姿勢の強さが隠れているのです。
さらに言えば、概念としての柔の本質があればこそ剛という強かさも成立します。
三ツ門流にとっての剛
三ツ門流において剛は、第二門に位置づけられます。
剛は「力」ではありません。
自分の動きが、現実として通用したか否かがその場で一つに決まる局面、そこで現れるものです。
第一門で生まれたわずかな変化が、
相手と接触したとき、逃げ場を失い、
結果として固定される。
その「もう戻れない局面」で選ばれるのが剛という通過点です。
第二門は、必ず相手がいます。
相手の重さ、速さ、抵抗、偶然性。
それらとぶつかることで、
動きは初めて「現実」になります。
そのため剛は荒く見えます。
しかし荒さは本質ではありません。
剛は、誤魔化しがきかなくなった状態にすぎないのです。