果てしなき闇の彼方に、歩き続ければ海がある事を信じて
若い頃に競技スポーツをやっていた。私は永遠のベストセラー漫画の「あしたのジョー」というボクシング漫画の主人公である矢吹丈に憧れていた。若い頃は競技が強くなっていくと競技以外には何も他に見えなくなる。だから辛い練習にも耐えられるし食事や睡眠等、一日の全てを競技が強くなるために使っていた。やがて社会人として自立しなければいけない時期が来て大切な女性も出来る。家庭を持って家族を食べさせるために仕事に比重がいく。疲れて競技に集中できなくなる。そして故障をする。引退、諦め、、、。全てを出し切って引退を迎えられる選手は一体何人いるのだろうか?女性競技者は出産もある。家事もある。学生時代だけが競技に没頭できる時間だ。一部のメダリストや競技者は除くが。それでも競技を続けていくことは金銭的にも社会人としての疎外感などと闘わなければいけない。今は我々の頃よりも各競技は大金が稼げるようにはなったし実業団や支援企業や所属先もかなり増えた。私は矢吹丈のように燃え尽きるまで競技をしたかったがやがて自分の限界も見えてくる。競技で頑張って来たプライドが社会人になっても身についてしまった。営業も負けたくない、見返したい奴らが出てくる。殆ど成績上は勝ってきた。しかし身体はボロボロになっていった。背骨の難病、慢性膿皮症、左眼の網膜静脈の出血、右眼もなった。そして大腸癌ステージ4、、、。抗癌剤の副作用で今でも熱が出てきたり末端神経の痺れが取れない。身体のガタ具合では矢吹丈になった。競技を楽しんでマスターズにも出られないくらいにぼろぼろの身体だ。人格者にもなろうと努力をしたが成り切れるわけもない。大谷翔平という男が大きく見える。最後にはまだ高齢でも元気な母親を大切にしたい。競技で燃え尽きる事が出来ずに社会人としても成功?が見えずにいる。課題は尽きない。軸をブラさずに生きていきたい。しかし小学校二年から迷い込んだ矢吹丈の世界。エンディングの、果てしなき闇の彼方に、という歌がずっと晴れずにいる私の心境だ。矢吹丈は私に必死になる事を教えてくれた。迷い込んだ闇が晴れる事はあるのだろうか?私が見たい海の景色はいつ見れるだろうか。かなしい想い出を 肩に隠してお前は歩き出す 一人きりの人生を甘いなぐさめなど今は背中にしみる筈もない苦い涙が こぼれたら気づかぬ振りをしてやるだけさ泣きたい時にも 泣けない日があるお前の苦しみも人に言えない日があるさ何も見えない闇の中は求める夢も 見えはしない今のお前に出来ることは歩きつづける ことだけさ明日は明日の陽が昇るだろうお前も昨日にはもう戻れやしないのさ見知らぬ川の行く手にも澱みや滝があるだろうそれでも海が見えるまでは流れつづけて行くものなのさ