仏教演習(1)
以前、ブッダは菩提樹の下で、何を覚ったのかに
ついて、お話しました.その後、1週間ごとに樹
木を転々としました.
❶菩提樹下で:三世貫通の因果律
覚りが得られる前のこの樹木のなまえはアシ
ヴァッタ樹です.別名、ピッパラ樹.
覚りにより、青年期より抱き続けた疑問が解
決した.たとえば、虫を小鳥がついばみ、そ
れをまた大きな猛禽類が襲っていく光景を目
の当たりにして、ふさぎ込んだことがありま
した.三世の法則で、これらの不幸は解決し
ました.ああ、あの虫は前世でタカだったと
き、あの小鳥を捕獲して食べたんだ.あの猛
禽類は前世で尺取り虫だったが、やはり、自
分が食べたあの小鳥に食べられてしまったの
だ、云々.
❷アジャパーラ樹下で:「四諦」のもっと簡単な
ものを展開していたのだと思います.
「あれがあるときに、これがある…では苦し
みはどういう条件下で消滅するか?」
おそらく「苦」の根源が「生存」そのものに
ある、と悟ったのだと思います.それは普段
の私たちは気づかないのですが、命は、日々
消費して、なくなっていきます.車でドライ
ブすればガソリンがだんだんとなくなってい
くように.なぜ、気づかないか? それはあ
まりにも緩慢すぎる動きだからです.たとえ
ば空の雲の形みたいなもので、楕円形だった
雲が10分後には、3つの団子に変わってい
たりします.
❸ムチャリンダ樹下で:そろそろ「人に説く」こ
とを前提に瞑想を続けていたのだと思います.
「苦しみ」の原因は「生存」だと言っても人
には「アホちゃうか」と一蹴されるだけ.も
っとわかりやすく説かなくては、と悟りの内
容を説教用に焼き直していたのでしょう.
「苦」の原因は「楽」にある.水戸黄門の歌
みたいですが、人生、「楽」のあとには「苦」
が巡ってまいります.「楽」の原因は「煩悩」
にあります.「煩悩」を除去して「苦しみ」
からバイバイしましょう(解脱しましょう).
だいたい、こんなところを考えていたのでは
ないでしょうか?
❹ラージャーヤタナ樹下で:第四週目です.ブッ
ダは、自分の悟りの内容をまとめ上げます.
すなわち、幸福であるにはどうするべきか?
その答えは「怒らないこと」である、とまと
め上げたのではないでしょうか.これがのち
の象頭山で説かれた有名な「燃えている」説
法の原形だったのかも知れません.
「怒り」はすべての財、すべての「幸福」を
焼き尽くす.「怒り」の原因は「煩悩」であ
る.「煩悩」という薪をくべるのをやめよ、
そういうふうにまとめあげたのではないでし
ょうか?
それがまとめあがった時点で、梵天勧請があ
ったのでしょう.
実際に空から神様が降りてきたわけではない
かもしれません.
心のうちに「伝道」の決心をしたのかもしれ
ません.
さて、覚りを得たあと、ブッダは聖人に列せ
られました.聖人になると、どうなるか?
まず、生まれてきた道が浄められた.
つまり、普通の新生児がたどる産道ではなく、
産道はマヤ夫人の脇に変更された.清き者に
不浄の道を行かせてはならないという後世の
人の配慮であるから、このままありがたく信
じたほうがよい.清きものを不浄に触れさせ
て、汚してはならないからである.
さて先日、フランス語学習中に、
tileull [tijœl]
を辞書で引いたところ「菩提樹」となってい
たのに、あらためてこの木の偏在性について
驚きました.lindenbaum とは全く関係のな
い綴りだったので、おそらくヨーロッパ全域
に生息する木なのだと思いました.
ブログ検索をしていましたら、この樹木のこ
とを書いておられる方のブログにたどりつき、
なぜ日本に、インド菩提樹ではなく、西洋菩
提樹が、つまり歌曲で親しいリンデンバウム
が菩提樹として入って来たかを教えられまし
た.早い話が、熱帯産のインド菩提樹は北回
り仏教国では育たなかったため、チェコ原産
の西洋菩提樹が選ばれた、ということだそう
です. 菩提樹として輸入したのですからリ
ンデンバウムもティユールも、一括して
「菩提樹」となったわけです.
種目の違う木の下で覚りを得ることはできる
のだろうか?
もちろんできるでしょう.ブッダも4種類の
樹木を転々としたのですから.スジャータに
供養してもらったときはニグローダ樹という
バニヤンの木の一種だったと思います.バニ
ヤンの木は菩提樹(アシヴァッタ樹」)と同
じ科の樹木です.
まあそういうわけで、我々日本人が修行す
るなら、西洋菩提樹の下でじゅうぶんだと
思います.桜の木はだめだ.酒飲んでカッ
ポレ踊ってしまいそうですから.