トニオ・クレーガー(4)


—————————————【4】————————————————

Große  Schüler   hielten   mit   Würde  ihr  Bücherpäckchen  
hoch  gegen  die linke  Schulter  gedrückt,  indem  sie  mit 
dem  rechten  Arm  wider  den  Wind  dem  Mittagessen 
entgegen  ruderten;  kleines  Volk setzte  sich lustig  in Trab, 
daß * der  Eisbrei  umherspritzte  und  die Siebensachen  der 
Wissenschaft  in  den   Seehundsränzeln  klapperten.  Aber  
hier und da  riß  alles  mit frommen   Augen  die Mützen 
herunter  vor dem Wotanshut  und dem   Jupiterbart  

eines gemessen hinschreitenden    Oberlehrers...

 


—————————————(訳)—————————————————

先輩たちは威厳を持って書物袋を高く左の肩に押し当てて、また一方
右腕を回し風をボートのように漕いで、昼食場所に向かう.後輩たちは
愉快そうに駆け足になっていたため、ぬかるみの泥水が跳ねかかり、学
習七つ道具がアザラシ皮のランドセルの中で.カタカタと音を立ててい
た.
だが、あちらこちらで、みんなはゆっくりと威厳にあふれた歩調で歩い
ていく先生方のヴォーダンのよう な神々しい帽子やジュピターの髭
のような姿の前では、恭しいまなざしで、かぶっている帽子* を急いで
脱ぎ降ろしたのだった.


————————————〘語句〙———————————————

große: (強複1) (形) 年長の
der Schulter: {同尾式} ❶生徒、男子生徒、児童、 ❷弟子、門弟
Große Schüler: 上級生たち
hielten: (過去1,3複、2敬)<halten  持っている     
die Würde: {弱} ❶(複ナシ)尊厳、威厳、品位
               ❷ 位、階級       
Bücherpäckchen:  辞書不掲載
   →  Bücher (書物) + (包み、もしくは束)
das Päckchen: {同尾式}❶ 小さい包み、束 ❷(商品の入った)小箱   
  これらからBücherpäckchen を想像すると:
  レターケースのようなものか.
  とりあえず訳としては「書物袋」「書物パック」辺りにします. 
die Schulter: {弱} 肩 breite Schultern 広い肩
  (肩はふたつあるので複数敬)
gegen: (前置詞) [衝突]  ドンと~に
indem: (従属接続詞)[定動詞後置] 
    ❶  (手段・方法)  ~によって、~という方法で
    ❷ (同時性) ~していると、~しながら       
wider: (副) 他方では、また同時に    
entgegen: (副)(3格に)向かって、(3格に)反して
   der Sonne entgegen 太陽に向かって 
   Das ist unserer Abmachung entgegen.
   それは我々の取り決めに反している.
  (前置詞)(3格支配)(3格名詞のあとに置かれることもある)
     Entgegen seiner Erwartung (または Seiner Erwartung
     entgegen) kam eine positive Antwort.
      彼の予想に反し、よい返事が返ってきた.   
ruderten (過去3複、主語はsie)
     <rudern (自/i マタハh) ❶ボートを漕ぐ、
   ❷両腕を振り回す
    Sie hat das Boot über den See gerudert. /
     彼女はボートを漕いで湖を渡った.
das Volk (変ER式)❶民族 ❷(単のみ)国民 
      ❸単のみ)庶民 
   ❹(単数形態で)群衆、人々   viel Volk 大ぜいの人々
   ➎(単数形態で)連中、やつら  kleines Volk  ちび助たち
lustig: (形) 愉快な、陽気な
der Trab: (単のみ)(馬の)速足
setzen sich + 状態 自分をある状態にする、セットする
  setzen sich inTrab わが身を駆け足状態にする → 走り始める  
der Eisbrei :(E式) 辞書不掲載
   →Eis (氷)+ Brei (ぬかるみ) = 雪どけのどろどろ道
umherspritzte: 辞書不掲載→
  umher (あちこち) +  spritzte (過去3単)<spritzen   
spritzen: (他)❶ (薬品などを⁴) 注射する (人に⁴)注射する
   ❷(水などを⁴)まく、跳ねかける
  spritzen: (自)(水などが)跳ねる、飛び散る 
Siebensachen: (複)七つ道具、
 (テキストは die Siebensachenであるが通常、所有冠詞と共に用いる)     
die Wissenschaft: (EN式) 学問、科学
die Siebensachen der Wissenschaft: 勉強の七つ道具
daß *  通常 so + 形容詞oder 副詞 が先行して、相関関係を
  構成するがここでは、先行部分にsoが見当たらない.
  lustigが唯一、soをもつ資格のある品詞なので、ここに関
  係づけて訳します.
    kleines Volk setzte sich (so) lustig in Trab,
   daß * der Eisbrei umherspritzte.  
    ちびすけたちは陽気が手伝い、駆け足気味に
   なり、雪どけの泥水を跳ね散らした.       
Seehundsränzeln:  辞書不掲載→ Seehund + Ränzeln
der Seehund: (E式) アザラシ
Ränzeln: →das Ränzelein (同尾式) ランドセル
   再度Seehundsränzeln (同尾式)
   アザラシの皮のランドセル(と推測します)
klapperten: (過去3複)
   < klappern [クラッパーン](堅いものが)かたかたと音を立てる .
hie: [ヒー] (副) ここ
♦ hie und da ❶あちらこちらで(に)、❷ときどき       
riß: (過去)[新正書法はriss] <reißen  
      ❶(他) 引きちぎる、はがす、引き裂く  
            ❷(自) 裂ける、ちぎれる       
frommen: (形、強複3)<fromm ❶敬虔な、信心深い 
      ❷善意の、善意からの、誠実な、心のこもった
      ❸無邪気な ❹信心ぶった、偽善の
   ヴォーダンとかジュピター神のおん前なので、
   とりあえず❶の意味に仮決めします.  
  (全体が把握できてから、あとで意味修正をします)
die Mütze: (弱) (つばのない)帽子 
herunter: (副) [ヘルンター] (向こうの上からこちらの) 下へ       
Wotanshut: (辞書掲載なし)
  →Wodan + Hut = vo-dan  ヴォーダン(最高神)(北方神話)の帽子             
Jupiterbart: (辞書掲載なし) 
     → Jupite + der Bart[変E式] = ジュピターの髭   
gemessen:Ⅰ (過去分詞) <messen    
      三変化(messen  maß  gemessen)
      ❶(他) (大きさ、長さなどを) はかる、測定する
      ❷(自) ~の長さ(大きさ、高さなど)をもつ
  Sie misst 1.72m. / 彼女は背丈が1.72メートルある.    
gemessen Ⅱ(形容詞)落ち着いた、悠然たる、
     品位のある、現然たる、堂々とした   
hinschreitenden (辞書掲載なし)→hin + schreiten     
hin (分離前綴り)  むこうへ
schreiten (自/s) (ゆっくりと・歩調正しく・おおまたに・悠然と) 歩く、     
der Oberlehrer (同尾式) ❶上級教師 ❷校長 ❸高校教諭
  ここでは❶だが、さらに
  ①永年勤続の功労のある小学校教諭に与えられた称
   号(旧西ドイツ)
    ②功績の多い教諭に与えられた名誉称号
    (旧東ドイツ)
  しかし普通にいう時はやはり単に「先生」と訳すのが
  自然だと思います.



————————————〘解説〙———————————————

*  かぶっている帽子:  die Mütze にはかぶっているという修飾語は
 ないのですが、次のherunter が、いかにも頭から脱ぎ降ろしたイメ
 ージを感じるので、意訳で付け足しました.独検のときは、余計な
 蛇足はやめましょう.(減点されます.)

vor dem Wotanshut  und dem Jupiterbart  eines gemessen hinschreitenden
Oberlehrers...
ゆっくりと威厳にあふれた歩調で歩いていく先生方のヴォーダンの帽子や
ジュピターの髭の前では(急いで帽子を取去った.)  ここは隠喩表現を
していますので、読み手側で「~のような」を補います.

「ゆっくりと威厳にあふれた歩調で歩いていく先生方のヴォーダンのよう
 な神々しい帽子やジュピターの髭のような姿の前では...」
となりますので、初めに見たfromm の意味は「敬虔な→敬意をもって」
と少しやわらげて訳します.
西洋文学では、隠喩表現が出てきますので、修飾関係がぎこちない時は
読み手側で修正します.