お父さんのおかげで…ぼくが生まれてきた.

ありがとう.

 

生前、父が軍隊時代の話をする度、「ぼくはお父さんの幸運の

おかげで、この世に生まれてこられたよ、ありがとう、と言っ

ていました.

 

そんなある日、「ありがとう」と言ったら、広島の練兵場時代

の話をしてくれた.父が志願兵として入隊したとき、まず最初

に送られたのが、広島の練兵場でした.話は朝礼をしていたと

きのこと.

 昭和18年当時はすでに敵機の襲来も多く、特に広島のよう

に軍事施設や基地のある場所には、敵機が襲来した.こういう

敵機は返してはならない.報告されるからだ.迎え撃つ局地

戦闘機が向かう.腕のいい戦闘員なので、たしかに敵機はしと

めるのだが、このあと、恐ろしいことが起こった.

 

 教練生が整列していた隊列に撃ち落された敵機の尾翼がほぼ

水平に飛んできて、隊列横一列に3名の腹を切り倒した.それ

は父のふたり手前で止まったという.気の毒にも3名は即死だ

ったそうだ.手前ふたりは顔面蒼白.朝礼が中止となったのか

どうかは聞かなかったが、おそらく中止になったことだろう.

 

ショックは大きく、その後、軍を逃げ出す人も出たという.

どう逃げ出したか.休みの日のことだった.(休みもあった

らしい)映画を見ようというので、仲間と神戸まで出かけた.

当時「新開地」というところに映画館があったという.

 

そこで1日楽しんで、さあ帰ろうというときに帰ってこない.

「逃げた」のである.

 

まあ、軍は警察でもないし、脱走者は犯罪を犯したわけでもな

いから、実家まで追及には来なかっただろうが、赤紙はそのう

ちやってくるだろう.

 

逃げなくても、夜中に泣き出すやつもいたらしい.だってまだ

15歳の少年だもの.尾翼が飛んできたそばにいたやつなんか

は、そりゃ泣きたくもなるだろう.純朴な田舎の少年だものね.