道場は昔洞窟今職場


真理の言葉415と418にある2つの戒めは、多くの人の耳に
逆らう内容になっています.

415.この世の欲望を断ち切り、出家して遍歴し、欲望の生活の
尽きた人、--彼をわれは<バラモン>と呼ぶ.
    
418.<快楽>と<不快>とを捨て、清らかに涼しく、とらわれるこ
となく、全世界にうち勝った英雄、--彼をわれは<バラ
モン>と呼ぶ.

これを言えば、たいていの人が、「それで生きていると言えるのか.」
と反駁されます.
私は答えます.「いいえ、生きていません.」
すると、あきれた顔をされるので、すぐに付け加えます.「でも死ん
でもいません.」

つまり生死をこえたところに常住の浄土があるといいたいのでありま
す.

多くの人の描く「生きている姿」というのは一喜一憂する姿です.
喜怒哀楽を見せることです.それを波と呼ぶなら、そういうサーフ
ィンを楽しむことが「生きる」ことと信じてやまないようでございま
す.

ここに出家者と在家者の違い目があるのでございます.
出家コースは、「最後身コース」です.この世に帰ってきません.
いかがでしょうか?
何?
いやなこった?
そうですか.
ほな、せめて、「苦しみ」のタネとなるような「快楽」は避けて
お過ごしくださいませ.


古代インドでは洞窟の中で瞑想して、禅定の修行をしていました.
深い瞑想に入って、過去世の自分の姿をみて、その結果の今の自分を
確かめ、今の禅定の因をもって、解脱の果を待っていたようです.

しかし、現代では洞窟はありません.勝手に入っていったら叱られ
ます.そこで、現代人の修行方法は、先ほどの喜怒哀楽のサーフィン
を止めて、生死を越えた心の禅定を保つ、という、そういう修行方法
になります.