さすらいの青春(11)


——————————【11】————————————
      
Car aussitôt que je veux retrouver le lointain
souvenir de cette première soirée d'attente dans
notre cour de Sainte - Agathe,
déjà ce sont d'autres attentes que je me rappelle;  
déjà, les deux mains appuyée aux barreaux du portail,
je me vois épiant,
avec anxiété quelqu'un qui va descendre la grand'rue.


——————————(訳)————————————
       
というのは、サント=アガットの校庭で、
待っていたあの初めての夜の
遠い思い出をたどれば、
私は、すぐにまた別の待っていたことの記憶を
呼び起こすことになるのだ。

既に、私は門の格子に両手をかけて、
誰かが街道を下って来るのを
心配そうに伺っている自分の姿を見るからである。


  ——————————《語句》————————————
       
aussitôt que ~するとすぐ、直ちに
déjà すでに
appuyées  <appuyer (他動詞)支える、
        (contre, à, sur に)もたせかける、押し付ける
    (par)(によって)支える    
barreaux (m, 複数形) < barreau (m) 格子、柵
épiant 現在分詞 < épier こっそり観察する、見張る
     ② 探る、耳を澄ます
              / épier les bruits  物音に耳を澄ます
me vois < se voir  自分の姿を見る、自分の姿を思い描く
anxiété  (f) 心配、不安、気がかり

    実は、この文章について、門外漢の私には
  文法的に不明なところがあります。
    voir の直接目的は、quelqu'un で
  「誰かが大通りからやって来るのを見る・・・」
    となるはずですが、me という目的語 がありますので、
  混乱しています。
    直訳すると、
    「私は不安げに、両手を門扉の格子に付けて、
   誰かが大通りからやって来るのを
     自分に見ている。」
    というヘンテコな日本語になります。

    きっと、その誰かを眺めている自分の姿を
  想像している・・・といっているのでしょう。
    ここは、すみません、わからないので、
  「グラン・モーヌ(みすず書房)」の名訳に
    頼りました。(訳の後半はこの本を写しています。)