仏教日記(18)
これまでのまとめ
ホトケ様は私たちに何を実践せよと、教えていたか、
それが17回の日記でほぼまとまってきました.
それが17回の日記でほぼまとまってきました.
ズバリ仏様が私たちに教えてくださったのは、
「おこったらあかんよ」
ということで、私たちもそれにこたえて
「おこれへんで」
というのが仏教なのだろうと推測してきました.
しかし
「おこれへんで」
と決心しても、なかなかむつかしいのですが、
それをクリアするお経文(かどうかよくわからないのですが)
それをクリアするお経文(かどうかよくわからないのですが)
がこれ:
「今我が疾苦は皆過去に由る.今生の修福は将来にあり」.
どういうことかというと、
「この腹の立つ出来事は、過去に撒いた自分の種である.
腹を立てず、責任を取って摘み取れ.
その摘み取る行為は、また将来への福の種となる.」
そこまではいいのだが、実際にむかっ腹が立ったときに、
瞬時にこの「お経文」を思い浮かべて、自制できるかどうかが
「この腹の立つ出来事は、過去に撒いた自分の種である.
腹を立てず、責任を取って摘み取れ.
その摘み取る行為は、また将来への福の種となる.」
そこまではいいのだが、実際にむかっ腹が立ったときに、
瞬時にこの「お経文」を思い浮かべて、自制できるかどうかが
かなり問題となる.
武道家が、突然敵に襲われても、瞬時に敵を投げ倒せるようになるまで、
そうとうの年月を要するようなものだ.
そう、この仏教日記は、姿三四郎の柔道に譬えると、
腹を立てない心の柔道、柔よく剛(いかり)を制する道、
それの修行なのである.
「お前、あほか」と言われて、ムカッとくるようでは、まだまだ初心者…
3級になると、そういう相手に忠告ができる.
「おお、同じことを前世でぼくは君に言ったんだ.これは因果応報.」
これをもって仏道3級を認定する.
ゴタぴょん心の柔道(師範不在).
武道家が、突然敵に襲われても、瞬時に敵を投げ倒せるようになるまで、
そうとうの年月を要するようなものだ.
そう、この仏教日記は、姿三四郎の柔道に譬えると、
腹を立てない心の柔道、柔よく剛(いかり)を制する道、
それの修行なのである.
「お前、あほか」と言われて、ムカッとくるようでは、まだまだ初心者…
3級になると、そういう相手に忠告ができる.
「おお、同じことを前世でぼくは君に言ったんだ.これは因果応報.」
これをもって仏道3級を認定する.
ゴタぴょん心の柔道(師範不在).
いつの日か師範になれたらいいな.いつだろね.
永遠に来ないかもしれないけど、まあこれを書くだけでも楽しいので、
このままでもいいかも!