8月17日 (土)

これまでの復習

今の自分 → 理想の自分

いくら、こうなろうと努力しても、
心にそういうスイッチがついているわけではないから、
そう簡単にはいかない。この → に当るところは、

長年の修行を意味している。

そういうわけで、

我が家は、この修行をする道場とすることにしたのでした。
そう、心を修行する道場。

何の心の修行?
はい、「怒らない」 という寛容に満ち溢れた心。

なんでそんな気になったの?
はい、それは

去る7月29日、「7億円の宝くじ」を買おうとしたときのこと。

父はこう言った。
 
  「宝くじには当たらなくても、お前のその、短気でおこりっぽい
   性格をなおしてくれたら・・・、いや、金輪際もう怒らないと
   いうお前になってくれたら・・・
   そうなったら、それは7億円の価値があると思うよ。」


僕はすぐにそれを理解した。


  「そうだな。7億円という実際の札束はなくても、
   この人生、怒りから解放されて、平穏な気持ちでずっと
   生涯を過ごせたら、確かに、7億円の値打ちはあるな。」


ということで、その日以来、我が家を

    「700000000円達成道場」

ということにした。

修行しなければならない。心の修行を。

心に怒りが生じても、それを爆発させない修行。
怒りから解放される修行。

怒りという名の悪魔を投げ倒す柔道だ。

これは心を丸く柔らかくする柔の道、柔道。


ただし、実際のスポーツとしての柔道ではない。
身体の柔道のことは、若者にお任せする。
おじさんになった僕なんぞは、精神的な強さを求める。

家庭の平和のために。周囲の平和のために。


そして、めでたく、今のところ、たいして、トサカにくるようなこともなく、
平穏に過ごしています。

英語でいうと、live a peaceful life  平和な日々
怒りからの解放 free from anger  

それをめざして日々、「怒りを呼ぶ悪魔」との戦いが始まった。
勝敗のルールはこうだ。

「ばかやろー」と口に出た時点で負け(悪魔の勝ち)
「ばかやろー」と一瞬思っただけで、自分を押さえたら勝ち

(悪魔の負け)

この悪魔を投げ倒す修行を「柔道」と名付けるが、
スポーツの柔道と区別するため、
「第二柔道」とする。

以前の「怒ったらあかん学園」は、「紘道館柔道場」になりました。
ゴタの修行名は、七億三四郎とする。


ところで、三四郎の師匠、矢野正五郎の教えは次の通り。

  無心而入自然妙
 「無心にして自然の妙に入る」

なんか、ようわかりませんけど、おこらいでも、ちゃんと、うまいこと行く
ゆう意味かな、と思っています。

矢野正五郎は、

 「怒りを自分の柔術の道の高い理想へ持ち込む。」

と言っています。
つまり、「怒り」というエネルギーを自己実現のために使って
柔術を理想の極致に仕上げるというほどの意味かと思います。

ゴタ道場では、そういう難しいことは考えません。
次元を高めて、矛盾を解決すること、何らかの怒りは
昇華によって解決するとか、そういう難しいことは抜き。

単純に、「怒らない」ように努力するだけ。
胸に平和の光がさすように

https://www.youtube.com/watch?v=cNzG27j0AII&t=22s

【胸に平和の光が】
曲   モーツァルト
原歌詞 Rideute la Calma
訳詞  なかにし礼
聴く人 ゴタも聴きます

胸に平和の光がさす
光がさす
不安の雲が消えてゆく
胸に平和の光がさす
不安の雲が消えてゆく 
不安の雲が消えてゆく 
消えてゆく

このCDは絶版につき入手不可。
残念ですが。


【きょうの復習】 矢野正五郎曰く

「理は上より説き下し、修業は下より尋ねあげること物の常なり・・
 敵に向かって生を忘れ死を忘れ、敵を忘れ我を忘れて、念の動ぜず意をなさず、
 無心にして自然の感に任ずるときは、変化自在にして応用無碍なり」

何ゆうてんのんか、わかりませんけど、まあ、がんばれっちゅうことでしょうな。

さらにこのように言ってはります。

無心而入自然妙
むしんにしてしぜんのみょうにいる

ようわからんけど、マイペースでがんばりまひょ、ゆうことでっしゃろ。
きょうもがんばってや