11月16日(日)
一難去って、また一難



一次試験の合格に、酔いしれる間もなく、
今度は、二次試験の
ことが気がかり。

英語なんて、長いこと、しゃべったことはありません。
最後に、しゃべったのは、
1985年、日英会での3か月間だけ。


この人生、英会話レッスンを受けたのは、
ジェーンさんから1か月
日英会で、3か月が、2回。合計6か月

総合計7か月。

しかも、20年以上も昔の話だ。

ちょっと練習期間も足らんし、
それも昔過ぎるのん違う?


もう、そのころの、脳細胞は、とっくに、
なくなって、その跡地は、お花畑に
なっていると思うよ。

チューリップ赤

しかも、二次試験(英語による面接試験)は、
2週間後だ。


さあ、どうする? (;^_^A

ペンギン


とりあえず、やってきました英会話教室。

40時間分のレッスン券を購入。これで、ええか?


ええことにしよう。
しかし、実際には、教室の空き時間の都合上、
20時間しか、レッスンは、受けられない。


ばかやろう。あとの、20時間は、
試験が終わってから、受けろ、という。
アホちゃうか?アホやろ。

まあ、まけとったるわ。わしもアホやし・・・


ヾ(@°▽°@)ノ



  【試験当日】


そういうわけで、2週間は、瞬く間に過ぎてゆきました。


  【作戦】


1次試験のときは、アメリカ人になりきった。
そうだ。今回も、同じ手でいこう。

自己暗示作戦。私はアメリカ人。パートⅡ


・・・私は、アメリカ人。
私は、ニューヨークで生まれた。
私の名前は、ヤングマン ジョンソンだったと思う。
お母さんは、バーバラ。お父さんは、ジョン・スミス。
マンハッタンの建築事務所で働いている。

僕は18歳になった。
恋人のマリーは、五番街に住んでいた。
僕たちは、幸福だった。

ある日、僕のもとに一通の手紙がきた。
海兵隊からの入隊案内状だった。

僕は出かけた。
兵役で、
西部戦線に配属された。

 「マリー、マリー、
手紙をおくれ。14200番地へ送ってくれ!」


いや、あかんがな。
戦地に行ってしまったら、英語の学習はできない。
ストーリーを練り直そう。


ヾ(@^▽^@)ノ


僕たちは、ハワイで、暮らしていた。・・・
あ、ニューヨークでした。
ニューヨーク。

叔父は、最後のブルックリンカウボーイ。

ちゃいますがな。アーロガスリーちゃいまっせ。

でも、あの、アリスのレストランが、いい英語の
いい英会話の教材になります。


https://www.youtube.com/watch?v=m57gzA2JCcM

  
英語学習は、楽しくなくっちゃ。

しかし


結局、英会話教室に行きました。

たった2週間でしたが、シャーロット先生とは、
その後も、フェイスブックで、
消息をいただいております。

英語のリスニングトレーニングは、何がいいか、
よく聞かれるのですが、
私にも、今もって、よくわかっておりません。

ただ、山田流に言えば、

自分がしゃべる分については、聞き取ることはできる。

たとえば、自分の作ったカレーライスか、
それより、まずいカレーなら、その成分
は、わかる。

しかし、自分のカレーよりも、
おいしいカレーを食べると、
その成分、その作り方は、わからない。


同じことが、英語に当てはまる。
自分がしゃべれる言葉以上の、言葉は、神秘の世界だ。

なので、聞くことも、大切だけど、
大いに、外国人相手に、
しゃべりまくること、
これが、もっとも、近道のようで。
事実、それが、私の、
この2週間のトレーニング方法でした。



おしまい
山田 錦