11月5日 (水)
泉ヶ丘へ行ったんだ
ゴタは、きょうから、山田 錦と名のります。
ゴタの名もこれまでどうり使います。
ゴタは、ミドルネームにします。
山田がファーストネーム、
ゴタがミドルネーム、錦がギブンネーム、
山田ゴタ錦朝臣虎之助
このシーズン最中、
どこのガイドも、忙しくて、てんてこ舞い。
その中に、ひとり、
売れないガイドが、ポッケーとしています。
いったい誰なの?
いや~ん、私でしゅ。山田ガイドでーす。
売れ残ってまーす。
そういうわけで、きょうは、
午前中は、営業。お昼は、友人宅へ。
【午前中の営業】
難波八坂神社の近くの旅行業者を訪問。
社長: 山田さん、一度、あなたの会社に訪問いたします。
山田: いえ、わざわざ、来ていただかなくても・・
私の事務所は、自宅事務所。早い話が普通の民家。
民家の戸口に、一応、看板だけは、出しています。
『山田観光ガイド事務所』
もちろん、訪ねて来れば、
すぐに、化けの皮は、はがれます。
もっとも、騙すつもりは、もとより、ありません。
「来る者は、拒まず。」
社長 : 山田さん、あれから、
フィリピン語のほうのは、
学習はいかがですか?
山田 : いいえ、なかなか進みません。
どうして?
社長 : まもなく、フィリピン人観光団が、
たくさん、来る
のです。特に、この秋は。
山田 : それは、それは。でも、日本の
通訳制度では、フィリピン語の
通訳には、これといった資格は
いらないのです。
誰でも、自信があれば、就業できるのです。
なので、一度、フィリピン人の
集まる教会に行ってみてはいかがですか?
社長 : 先日も、そうおっしゃっていましたけど、
それ、どこの教会ですか?
山田 : サクラ・ファミリアです。
団体バス乗り場の北側・・・
あの、阪急インターナショナルホテルを
ご存じですか?
そこから、道を隔てて北へ行ったところです。
社長 : うーん、そうでしたよね。
キリスト教がひっかかるなあ。
山田 : あのう、フィリピン人は、みなさん、
キリスト教信者ですよ。
我々、日本人が、みな、
仏教徒なのと、同じです。
ヾ(@^▽^@)ノ
さて、社長に、山田観光のパンフレットを手渡して
おいとまします。
きょうは、久々に、高校時代の友人に会います。
ヾ(@^▽^@)ノ
【難波駅】
ここから、中百舌鳥まで、行って、泉北高速鉄道
に乗り換え、「泉が丘駅」まで、出かけます。
【お昼は、泉ヶ丘で】
お昼は、我が友人ももぴょんと今度オープンした
三原台のレストランに行きました。
『リトル・アイランドとか、というお店です。』
ここの、玄米食が最高。みなさん、玄米を
炊いたことって、ありますよネ。
圧力かかりすぎて、ぐちゃぐちゃでしょ?
それが、ここは、ふっくら、おいしい玄米です。
【きょうは、ももぴょんと文学会議】
どういうことかというと、
僕たちは、昔、こういう誓いを
立てていたのです。
【誓い】
僕たちは、きっと、直木賞作家になろうね。
それから、40年経った。今、
作家になったのだろうか?
いいえ、少なくとも、私めは、作家ではなく、
観光ガイドをやっております。
では、ももぴょんは?
ももぴょんは、一応作家です。曲がりなりにも。
1回たったの5000円ですが、
一応、原稿料を取る作家の端くれです。
そこで、道を違えた山田錦は、今からでも、
何か、分泌活動・・・あれ・ 文筆活動を
少しずつ、始めようじゃないの、という
結論に達したのであります。
なので、きょうは、めでたい日なのです。
きょうは、地球上に、作家が、ひとり、増えた
日なのであります。

【久々の文学論を交わした】
大筋は、こういう話。
モーツァルトは、自力で、作曲をしたのではない、
空中に流れる
音楽をキャッチするアンテナがあったという。
それを拾って、楽譜に
しただけだという。
彫刻家は、木の塊を眺めて、
すでにその中にある造形を見る、という。
では、文学は、どういう風に生まれるか?
それを確認しあった。
やはり、自力で、生まれることはない。
それは、分娩だと、決まった。
ある日、産気づくのである。
そうして、オギャーと、生まれてくる・・・
それが、作品である。
だが、交配がなくては、産気づかない。交配が・・・
それは、セックスではない。
いやセックスだ、ここで、意見が分かれたが、
合意した点は、次の通り。
セックスが、単に、刺激と興奮とで、成立する限り、
それは、芸術ではない。それは、生物である。
男女の交わりには、
愛情だとか、もっと、人間の精神面の
交わりがある。
その辺りが、エロと芸術とを分ける。
エロは、刺激と興奮のパターンで成立するが、
芸術は、作品と感動のパターンが要求される。
その違い目は、何か?
物質的には、
そこに涙がみられるか?それとも、精液
(あるいは、アドレナリン)がみられるか?
精神的には、
感動から、勇気が生まれる。
興奮から、暴力が生まれる。
勇気のない山田(私)は、すでに、脱落したが、
ももぴょんには、感動と涙がある。
まだ、これからだ。大器晩成を信じています。
いい作品を期待します。



泉ヶ丘へ行ったんだ
ゴタは、きょうから、山田 錦と名のります。
ゴタの名もこれまでどうり使います。
ゴタは、ミドルネームにします。
山田がファーストネーム、
ゴタがミドルネーム、錦がギブンネーム、
山田ゴタ錦朝臣虎之助
このシーズン最中、
どこのガイドも、忙しくて、てんてこ舞い。
その中に、ひとり、
売れないガイドが、ポッケーとしています。
いったい誰なの?
いや~ん、私でしゅ。山田ガイドでーす。
売れ残ってまーす。
そういうわけで、きょうは、
午前中は、営業。お昼は、友人宅へ。
【午前中の営業】
難波八坂神社の近くの旅行業者を訪問。
社長: 山田さん、一度、あなたの会社に訪問いたします。
山田: いえ、わざわざ、来ていただかなくても・・
私の事務所は、自宅事務所。早い話が普通の民家。
民家の戸口に、一応、看板だけは、出しています。
『山田観光ガイド事務所』
もちろん、訪ねて来れば、
すぐに、化けの皮は、はがれます。
もっとも、騙すつもりは、もとより、ありません。
「来る者は、拒まず。」
社長 : 山田さん、あれから、
フィリピン語のほうのは、
学習はいかがですか?
山田 : いいえ、なかなか進みません。
どうして?
社長 : まもなく、フィリピン人観光団が、
たくさん、来る
のです。特に、この秋は。
山田 : それは、それは。でも、日本の
通訳制度では、フィリピン語の
通訳には、これといった資格は
いらないのです。
誰でも、自信があれば、就業できるのです。
なので、一度、フィリピン人の
集まる教会に行ってみてはいかがですか?
社長 : 先日も、そうおっしゃっていましたけど、
それ、どこの教会ですか?
山田 : サクラ・ファミリアです。
団体バス乗り場の北側・・・
あの、阪急インターナショナルホテルを
ご存じですか?
そこから、道を隔てて北へ行ったところです。
社長 : うーん、そうでしたよね。
キリスト教がひっかかるなあ。
山田 : あのう、フィリピン人は、みなさん、
キリスト教信者ですよ。
我々、日本人が、みな、
仏教徒なのと、同じです。
ヾ(@^▽^@)ノ
さて、社長に、山田観光のパンフレットを手渡して
おいとまします。
きょうは、久々に、高校時代の友人に会います。
ヾ(@^▽^@)ノ
【難波駅】
ここから、中百舌鳥まで、行って、泉北高速鉄道
に乗り換え、「泉が丘駅」まで、出かけます。
【お昼は、泉ヶ丘で】
お昼は、我が友人ももぴょんと今度オープンした
三原台のレストランに行きました。
『リトル・アイランドとか、というお店です。』
ここの、玄米食が最高。みなさん、玄米を
炊いたことって、ありますよネ。
圧力かかりすぎて、ぐちゃぐちゃでしょ?
それが、ここは、ふっくら、おいしい玄米です。
【きょうは、ももぴょんと文学会議】
どういうことかというと、
僕たちは、昔、こういう誓いを
立てていたのです。
【誓い】
僕たちは、きっと、直木賞作家になろうね。
それから、40年経った。今、
作家になったのだろうか?
いいえ、少なくとも、私めは、作家ではなく、
観光ガイドをやっております。
では、ももぴょんは?
ももぴょんは、一応作家です。曲がりなりにも。
1回たったの5000円ですが、
一応、原稿料を取る作家の端くれです。
そこで、道を違えた山田錦は、今からでも、
何か、分泌活動・・・あれ・ 文筆活動を
少しずつ、始めようじゃないの、という
結論に達したのであります。
なので、きょうは、めでたい日なのです。
きょうは、地球上に、作家が、ひとり、増えた
日なのであります。

【久々の文学論を交わした】
大筋は、こういう話。
モーツァルトは、自力で、作曲をしたのではない、
空中に流れる
音楽をキャッチするアンテナがあったという。
それを拾って、楽譜に
しただけだという。
彫刻家は、木の塊を眺めて、
すでにその中にある造形を見る、という。
では、文学は、どういう風に生まれるか?
それを確認しあった。
やはり、自力で、生まれることはない。
それは、分娩だと、決まった。
ある日、産気づくのである。
そうして、オギャーと、生まれてくる・・・
それが、作品である。
だが、交配がなくては、産気づかない。交配が・・・
それは、セックスではない。
いやセックスだ、ここで、意見が分かれたが、
合意した点は、次の通り。
セックスが、単に、刺激と興奮とで、成立する限り、
それは、芸術ではない。それは、生物である。
男女の交わりには、
愛情だとか、もっと、人間の精神面の
交わりがある。
その辺りが、エロと芸術とを分ける。
エロは、刺激と興奮のパターンで成立するが、
芸術は、作品と感動のパターンが要求される。
その違い目は、何か?
物質的には、
そこに涙がみられるか?それとも、精液
(あるいは、アドレナリン)がみられるか?
精神的には、
感動から、勇気が生まれる。
興奮から、暴力が生まれる。
勇気のない山田(私)は、すでに、脱落したが、
ももぴょんには、感動と涙がある。
まだ、これからだ。大器晩成を信じています。
いい作品を期待します。


