9月28日(土)

【カンラ様の初仕事】の巻




 【カンラ京都】

    
  オーストラリア在住の中国系のツアー客がお客様。
  Zheng さん とおっしゃっていました。
  

  ご人数は、大人2名、子供2名。

 ご案内方法:流しタクシーを使いながら、
 効率よく、4時間で、市内観光をする。



  【4時間コース】 
 

  そして、お客様は、バイリンガル。
  子供たちも、バイリンガル。

   
  
  【金閣寺】

カンラホテルの前(少し北)のバス停から、
金閣寺行き(101番)に乗ります。

これは、急行、洛バス。
主要バス停にしか止まりません。

あっという間に、金閣寺。
市バスでの移動の場合、
車中でのガイドは、原則として慎みます。

でも、ポイントだけは、ご説明。


四条烏丸から御池まで、とくに
、六角あたりが、京都の町の中心点、
いわゆる、おへそ部分で
ある、などなど。

   (^-^)/

  金閣寺前で、下車。黒門から入場。
  ここから、総門まで歩く間に、沿革をご説明。


山田 : Toward the end of 14th century
     the third Shogunof Muromachi government
     Yoshimitsu of Ashikaga family
      established the Golden pavilion
     and other buildings for his mountain villa.

     He retired from the Shogunal office
     in his late thirties. He enjoyed the rest
     of his whole life here
     at the Golden pavilion.

     Boating, tea ceremony, painting,
     calligraphy, flower arrangement・・・
     A cultutre called " Kitayama Culture "
was born at this cite,

It was his will that
the vailla be changed into a temple.

     
14世紀末に、室町幕府三代将軍、
義満が山荘を営むため、金閣など
一群の建物を造営しました。
    30代後半に将軍職を引退し、
ここ、金閣寺で余生を楽しみました。

    それは、北山文化として発展しました。

    義満の死後、山荘だった金閣は、
遺言によって、寺に改められます。 

    As Kinkakuji temple the cite was
conbined with Shokokuji temple,
the bigger temple that was counted
as one of five big temple in the city.

金閣寺として、ここは、五山の一つ
相国寺に組み入れられます。


ヾ(@°▽°@)ノ

 さて、金殿玉楼の金閣を見て、みなさん、感嘆。

 その美しい金閣、焼かれたことがある。

 1950年7月2日。
 青年僧侶が放火した。
 理由は、美しさに魅せられて焼いたのだとか。
 
焼かれた時期が戦後の復興期でよかった。
 わずか、5年で、再建した。

 その再建費は、わずかに、2800万円だったという。

 みなさん、ガイドブックに、
義満が、600億円を投じて、山荘群を建てた、
と説明していますよね。

でも、2800万円でできたといいますから、

600億円は何だったの?

    そう思いませんか?

 なので、この金額は、義満が、西園寺からこの地を譲り受けるのに、
 使ったお金だと、考えるのが自然でしょうね。

 事実、義満は、畿内の私有地と交換して、
 この地を入手しているわけですから。 

    (=⌒▽⌒=)

 金閣は、厳密にいうと、義満が作ったものではない。
 すでに、西園寺西園寺経公
  (さいおんじょきんつね)
 が山荘を営んでいたものを受け継いだもの。


 ただ、当時と違う点がひとつある。
 当時は、金閣の廻り360度、池に囲まれていたという。
 その方が、よかったのに、残念である。


 つまり、池は現在我々が見るものよりも、
 ずっと、大きかったことが、想像できるのだ。
 桂川の水を引き入れたと、
 ゴタの本(京都の旅・松本清張・光文社)
 には書いてある。
 
      
 その池に小舟を浮かべて、船遊びをした。
 夜泊まり石が向かって、右に、数個並んでいるが
 船は金閣の下に入り込んでいた。

    車

    写真撮影が終わると、次に進みます。
    方丈の前で立ち止まり、方丈の説明。

 今、方丈は、特別公開中。
 でも、入場料が高いから、(1000円)
 あまりおすすめじゃありません。


    陸舟の松を説明しようとしていたところに、電話。


リーガロイヤル
ゲスト
リレーションズ: 山田はん、明日、頼めます?


山田     : はーい。よろしく。


加藤さん   : 奈良観光、6時間。
         レンタカーで、お願いしますね。
         おいくらでしたっけ。


山田     : 車によりますが、
         日産シルフィーで、6時間観光をすれば、
         35000円です。


加藤さん   : お客様が、ディスカウントって、
         おっしゃっていますが。


山田     : 何ですって?大阪人みたいな客ですな。
         10%ディスカウントしたげますわ。


加藤さん   : そしたら、31500円でいいのですね?


山田     : 30000円でいいです。


加藤さん   : そんな、開き直らないで。
         31500円って、言っておきますので。


山田     : オッケー。その1500円で、
         明日の昼飯代にしますわ。


   ヾ(@^▽^@)ノ

   とか、何とか、電話による、ガイド業の中断。
   これは、クレームの対象になります。

   なのですが、明日のガイド料金は、18000円。
   儲けて家買うで。    


      ヾ(@°▽°@)ノ


  この電話中に、ご家族は、先に行ってしまいました。

  なので、陸舟の松は、パス。

  そして、いつもは、必ず説明するところですが、
  金閣の内部の様子を描いた写真が、
  展示しているのですが、あいにく、そこも、
  修学旅行の学生でいっぱい。

  電車
 
   【忠告】 《七並べのパスは3回まで。ガイドにパスは本来ありえない。》


 みなさん、池の鯉を見て立ち止まっています。
 ここの鯉は、大きな鯉で、
 その口は、500円玉よりも大きい。


ジェンさん : Big mouth isn't it ? 
         大きい口だね。


山田    : Yes, indeed.
        Their previous life
        might have been an opera singer.
ですよね。鯉たちは、前の世で、
オペラ歌手だったのかもしれません。


ジェンさん: Opera singers ?
I 've never heard them sing.
Why do they keep silent ?
オペラ歌手? 
歌っているのを聴いたことがないぞ。
       なんで、黙っているんだ、こいつらは?


   【教訓】  この話は、歌えもしないのに、
         口先だけのやつらがいる、
ということを物語っている。  


  ヾ(@^▽^@)ノ


   キティちゃんのお守り売り場は、人だかり。
パスします。
   パスは、これで、3回。
もうパスはおしまいか?

  
  【夕桂亭(せっかてい)】

 貴婦人の腰掛け石に座ってもらい、
写真を撮るのが、ゴタの定番観光コース。

 この貴婦人とはいったい誰のことか、
未だに、説明された資料には出会わない。


金閣寺によく、やってきたのが、8代将軍義政である。
奇妙なことだが、ここに義政愛用の手水鉢がある。
このことから、推察すれば、
義政公の奥方がお座りになった石なのであろうか?

思うところを手当たり説明。
無責任きわまりない。


山田 : This is the stone on which a wife of
eighth Shogun, Yoshimasa once sat.
     将軍の奥方が腰掛けた石なのです。

     So, the stone is called
      " Noble lady's stone".
     なので、この石は、
     貴婦人石と名付けられています。

 

  【相国寺へ】  


金閣寺から、相国寺へ移動。
うまい具合に、6人乗りタクシーをゲット。


  相国寺は、只今、特別公開中。
足利義満が建てた寺で、金閣寺の親寺。

  子供を見たあとで、親にまみえる、
ということだ。

  で、この寺、いったい何者?

  当時、中国には、
大相国寺というお寺が興っていました。
相とは、

   「助ける」  

  の義。おおいに国を助ける寺。
であれば、義満公も、是非、
まねてみたいところ。

  夢想礎石を開山として、
1392年に作った寺。
発願(1382年)から、1
0年後のことでした。
  室町一条だったというから、
花の御所(室町今出川辺り)のすぐ南に位置したと
  思われる。


 
さて、我々のタクシーは、
烏丸今出川を通り過ぎ、
はじめの信号機にさしかかります。

烏丸今出川の交差点の北東角は、
同志社大学、本部本学(4大)のあるところ。
その東が、同志社女子大。

その間の道が、相国寺へお参りする参道。

この辺り、応仁の乱では、東陣となったところ。
西陣は、西陣織物で有名となり、
東陣は、同志社大学か。
なにしろ、相国寺は、応仁の乱で戦焼。

それ以前に、1394年、創建後、
わずか2年で、
火災で焼失している不運なお寺です。


   【天井画】

法堂(はっとう)は、1605年、豊臣秀頼による再建。
法堂建築としては、日本最古に
なります。ここに狩野派(狩野光信)により
描かれた天井龍があります。

狩野光信って、ご存じですか? 
お父さんは、狩野永徳。
二条城の襖絵を描いた狩野探幽の兄。ふたりは兄弟。

天才の家系ですな。
メンデルの法則というか、
天才ばっかり生まれてくる家系。

ちなみに、ゴタの家系は、
貧乏の法則が当てはまりそうだが、
ちょっと待ってくれ。
宝くじで3億円当てるのだから。


  乗ってきたタクシーに、待機をお願いしています。
待ちメーターがかかっています。
  実は、これをされると、タクシーは、
あまり儲かりません。
タクシー運転手にとっては、
  あまりうれしくない客です。


  【開山堂】


開山は夢想礎石。夢想国師とも呼ばれる。
縁側に座って、枯山水の庭を眺める場所なのですが
暑くて、あまり、そういう気分じゃありません。


  【風呂】

山田 : This place was used as a bath room
in medieval times.
     中世のお風呂です。

     They only pour hot water on themselves
not soak in the tub.
お湯を掛け流しただけで、
湯船に浸かることはありませんでした。 


ジェンさん: So like a shower we take now ? Using soap ?
        今のシャワみたいに? 石鹸は?


山田 : (知らん。困った。)
 Yes, they used a medieval soap.
そうですよ。中世(中性?)石鹸を使いました。



     ええかげんなガイドには、
仕事が回って来ない。
これは、至極あたりまえ。

     ヾ(@^▽^@)ノ  

    
  ご主人はお疲れの様、お風呂場で、
座り込んだままです。
  お湯が入っていれば、お風呂に入ってもらいたいが・・・

 
   ヾ(@^▽^@)ノ
待たせていたタクシーで、二条城へ。


   【二条城】

この城は、戦いのための白ではなく、
将軍が、上京したときの宿泊と、
御所の警護のために
作られました。

1867年10月の大政奉還、
そして1868年以降は
天皇家が所有。
城のあちこちに、菊の御紋が施されています。


   【うぐいす張り】

  鶯張り廊下には、みなさん、大はしゃぎ。


山田 : This is so called uguisu-bari,
or nightingale floor.
  これが、うぐいす張りです。


   【白書院】


山田 : He is the Shogun.
He's got his tea from that waitress.

     If he gives a significant wink at her,
that's the sign,

" Please come to me tonight. "
   
    こちらが将軍様です。お茶を受けているところ。
    目配せしたら、それは「今晩いかが?」ということ。


奥様 : Terrible !
      あほや。



   二条城を出たところで、
4時間となりました。時間切れ終了。


ジェンさんの
ご主人 :  That's okay.
I 'll pay to you right now here.
        いいよ。ここで、お支払いします。



    ガイド料金を受け取り、ここでお別れとなりました。


   タクシードライバーさんに、
彼らの行く食事場所を説明します。
   山田は、そのあと、別のタクシーで、
三条京阪に帰ります。そしてそのまま帰宅。

   ヘ(゚∀゚*)ノ


    おしまい
    山田 錦