その状況に耐えれなくなった俺はこの家を出ることにした。行先なんてない。でもここを出なければいけなかった
無いに等しい荷物をまとめ、音をたてないようにドアを開けたその時、ヨンジェに腕を掴まれた。
「どこに行くの、ヒョン……」
ヨンジェは一筋の涙をこぼした。頬を伝ったそれは地面にぽたりと落ちる。
「別に」
そんな事されたら、俺の決意が揺らぐだろ?だから、止めてくれ。その手を、離してくれ。腕を掴まれたまま、外に出ようとしたとき
「……僕を一人にしないで」
そう言ってヨンジェは俺の腕を強く掴んだまま、玄関で俺を抱きしめた。ヨンジェの温かい涙が俺のシャツを濡らしていく。いつの間にか開いていたはずのドアは閉まっていた
「なぁヨンジェ、お前は何でそんなに俺に執着するんだ?そういうの鬱陶しいんだけど」
俺は、抱きしめられていた腕を解いた。ごめんな、ヨンジェ
「くっつかれるのも俺は嫌いだし」
ごめんな
「ずっと、お前と離れたくて離れたくて仕方なかった」
ごめん
「違う。ヒョンはそんなこと思ってないです」
するとヨンジェは、今さっきとは打って変わって、真っ直ぐな瞳でこちらを見上げた。そして俺の手を握る
「ヒョンは、そんな人じゃない。本当はそんなこと思ってないって。助けてって、言ってる」
訴えかけるように言うヨンジェ。いつの間にか、温かいものが頬を伝っていた。ヨンジェはそれを、優しく指で拭ってくれた。
いつぶりだろう、俺が涙を流したのは。今まで負の感情だけを持ちながら生きてきた俺に、それ以外の感情を与えてくれたのは紛れもなくヨンジェだった。
……でも、俺はお前と一緒にいられない。俺はもう、狂っているのだから。
「お前は!何で俺なんかと一緒にいたいんだよ!なんで俺の事ヒョンって呼んでる?それはお前が俺の名前を知らないからだろ?」
話させる隙を与えないまま、俺は怒鳴り続ける
「名前も知らないような男と、何で一緒にいたいんだよ!それに身元も何も話してないだろ?そんな得体のしれない男と、何で一緒にいたい?何が楽しい?お前に何の利益がある!」
優しすぎるんだ、その優しさが痛いんだよ
怖いんだ お前をこれ以上傷つけるのが
「得体のしれない? 僕はもうヒョンのこと知ってます」
「何言って……」
「知らないんだったら、これから知っていけばいい。そうでしょ?まだ僕たち、始まったばかりじゃないですか」
ヨンジェは、涙でまだ濡れている目でふわりと笑った。俺は、もう……
「何でそこまで俺にこだわる?」
これが最後の抵抗だ。……もうこれ以上、引き止めないでくれ。これで引き止められたら……
「ヒョンが好きだからです」
そう言ってヨンジェはにっこりと笑ったのだった。