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「家族が増えるの?」
「そうだ。お前に弟ができたんだ。」
「わー!やった!でもお母さんは?」
「お母さんは、もういないよ。」
「ん?いないの?どこに行ったの?」
「遠いところだよ」
「そっかー……僕の弟はどこ?」
「この子だ」
「うわー、ちっちゃいねぇ!お名前なんて言うの?」
「名前は――だ。」
「そうかー。よろしくね、――!」
俺が小学2年生のころに、急に弟だと言われ連れてこられた男の子。父親が手を繋いで俺の元へやって来たあの日。たしかあの時――は1.2歳ぐらいだっただろう
「よーしく」
よろしく、が上手く言えなかった――
なんで連れて来られたのかは、話してくれなかった。でも、ただ自分の家族が増えたというだけで俺は嬉しかった。
「にーちゃ、にーちゃ」
そうやっていつも俺を呼んでいた。
「んー?何?」
「はな!」
そう言って毎日のように花を摘んできた
「また摘んできたの?」
「うん!あげる」
毎回その花を俺に渡し、上機嫌でまたどこかに行ってしまう。本当は花になんか興味なくて捨てたかったけど――のあの笑顔を思い出すと、捨てるにも捨てきれなかったことを思いだした。
いつの間にか俺たちは毎日一緒に居るようになっていた。たまには喧嘩もしたけど少し経ったらすぐ仲直り。
俺は――が大好きだった
俺が小学5年生になった時――は4.5歳だった
「ほいくえんでカレーつくるからにーちゃ、一緒につくろ!」
――は張り切ってエプロンを着ようとしていたが、大きすぎてだぼだぼだった。父親がいないことも多かったため、料理がそこそこ得意だった俺はカレーの作り方を教えていく。
「人参は乱切りっていう切り方にするんだよ。ほら、こう」
包丁を一緒に握って切りながら教えてやったのに
「できた!」
そう言って見せてきたのは綺麗な短冊切り。
「これ俺が教えたのと違うじゃん」
幼稚園児が切ったのにしては上出来すぎるけど
「いーの!こっちのほうが かわいいんだもん」
なんて意味の分からないことを言う。でもやっぱりその笑顔を見ると許してしまって。
「仕方ないな……」
その日のカレーは人参が溶けていて、具が少ないように感じた。でも――と作ったというだけで特別な気がして、美味しく感じた。
けれど歳を重ねていくごとに、俺は徐々に現実を知ることになった
やっぱり俺に母親はいなかった。いつになっても俺の目の前に現れることは無かった。
「遠いところに行った」
という意味に気づくのが少し遅すぎたようだった
中学生になり、考えも少しずつ子供から大人になっていく過程で、俺は徐々に徐々に父親の本当の姿が分かるようになった
……その時――は小学1.2年生だったかな。真新しいランドセルを背負って俺を見ながら笑顔でターンした時の事を微かに思い出した。
そしてある時、俺に異変が起きた。覚えているはずの事が、思い出せなくなったのだ。
俺は何でここに来たのか。
今日持っていくのは何だったか。
今考えていたことは何だったのか。
最初はただの物忘れだと思っていた。でも耐えられなくなって父親に言うと
「それは記憶障害だ」
と言われた。
あぁ、俺って記憶障害があるんだ……。あまり驚きはしなかった。でもそう思った瞬間にまた何かを忘れてしまった気がした。
そうやって気が病んでいたときに俺を支えてくれたのは――だった。
学校ではそのままのキャラで居ようと決めていた俺は、全くいつもと変わらないように過ごしていた。そして家に帰り、疲れがどっと来ると同時に――がこっちにかけよって
「おかえり、にーちゃん」
と、笑顔で言うのだ。
そうやって俺の前で笑ってくれるだけで十分だった。一番辛かったのは、――がまたいつもの様に花を摘んできたときに、その花の名前を答えられなかった時だ
「にーちゃんでも分かんない名前のお花があるんだね!じゃあ今度は僕が教えるから待っててね」
太陽みたいに笑って頭を撫でてほしいかのように
俺の方にすり寄るのだ。ぽんぽんと頭をなでるとえへへ、と喜んでいた。――といる時だけは自然体で、苦しみを忘れることができていた気がする。
けど、そんな日々を過ごせたのもつかの間だった