「ヨンジェ君?」
今この病室は沈黙で包まれている。
無理もないだろう。心の傷を負ったまま気づけばこの病室にいた彼。そして何日か経った後、知らされたジェボムとの関係
未だに食事が摂れないようで、点滴の管がヨンジェ君の腕に伸びている。何も言わずに、ただ顔を青白くして俯いたヨンジェ君。せっかく回復の方向へ進んでいたのにこの様だ。
頭がこんがらがる気持ちも分かる。俺もできればもう少し時間をやりたかった。でもそんな時間は無い。全てを隠して過ごすのも時間の問題なのだ。例え父親がこの病院の院長だからと言って好き勝手にはできない。
本来警察に捕まってもおかしくないこの状態の彼を匿っているのだから、相当なリスクを冒しているという事に間違いはない。
「つまりジェボムヒョンと僕は」
そして黙り込む。俺は何も言わない。ヨンジェ君が自分で理解するまでは
「兄……弟」
「うん。ヨンジェ君とジェボムは異父兄弟だ」
「……そんな」
ヨンジェ君は頭を抱えた。
「小さい頃一緒にカレーを作ったあのお兄ちゃんはジェボムヒョンだったの?」
小刻みに震えだす指、手、肩
「そのお兄ちゃんが今まで僕を縛ってたの?」
ブワァっと溢れていく涙。まるで子どものようにヒックヒックと嗚咽を漏らす
「僕のお兄ちゃん……大好きなお兄ちゃん。ずっとどこにいるか分からなかったお兄ちゃんが、まさかすぐ近くにいるなんて……」
病衣の袖でゴシゴシと目をこするヨンジェ君。顔は今まで見たことが無いくらい真っ赤だ
「本当は嬉しいはずなのに……嬉しくないよ……」
それはそうだろう。せっかく兄を見つけることができたというのにその兄は過去のしがらみのせいで狂い、ヨンジェ君を監禁していたのだから
「ジェボムヒョンはいい人だって分かってるけど、やっぱりまだ怖い……。でもやっぱり好きなんだ……。もうわかりません、自分の言ってること全部」
好きという言葉の意味。兄弟として言っているのかはたまた違う意味で言っているのか、それは聞かずともすぐに理解できた。
「そっか……ヨンジェ君は、ジェボムに会いたい?」
何度目の質問だろう。ヨンジェ君がこの病院に来てから一週間。ジェボムの話をヨンジェ君がするたびに聞いてきた質問。今日も答えは一緒だと思っていた。
「その質問を投げかけられる度に、どうしようって思ってました。会いたいけど怖い。怖いけど会いたいって。ずっとその繰り返しだったんです。」
涙で濡れた睫毛をゆっくりと閉じては開く。
「うん」
「でもやっぱり会わなきゃ、何も変わらないですよね。それに……僕のお兄ちゃんなら」
そして少し間を置いて彼は言う
「会います」
その時のヨンジェ君の瞳は今までとは違い、真っ直ぐで迷いのない綺麗な瞳をしていた。
「わかった。ヨンジェ君が決めたんだったらいいね?」
「はい」
きっと今心の中はぐしゃぐしゃだろうによくそこまで言えたなぁ、と感心してしまう。この子はまだ未成年だけど心はもうすでに大人だ。
そのあと少しヨンジェ君は笑って
「マーク先生ありがとうございます」
と呟いた。俺には少しその笑顔が痛々しくも見えた。でも今ヨンジェ君は前に進もうとしている。
「いいえ。俺はただ話を聞くだけしかできなかったけど」
そろそろ次の診察者が来る。俺はこの病室を出なければならなかった。立ち上がるとヨンジェ君は素直に俺を見上げる。少し荒くヨンジェ君の頭を撫でると
「また子ども扱いですか?」
と問う。
今までのあの泣いてた彼はどこへやら
「ううん、ヨンジェ君はもう十分大人だよ」
その言葉を聞いて、ん?と首を少し傾げた彼。俺の言葉の意味は別に理解されなくてもいい
「わかんなくてもいいよ」
少し笑うと俺はヨンジェ君の病室をあとにした。
これでジェボムとヨンジェ君がやっと再会できるというのか。2人を会わせても大丈夫なのか、そんな不安が少し頭をよぎったが、彼らなら大丈夫だという確信があった。根拠はない、でも俺には分かる。上手くやってくれよ、2人とも