「べムべム、本当にこれで良かったの?」
「んー、もういいんだ。なんかどうでもよくなっちゃったー」
目の前に置かれている綺麗な赤色をしたナポリタン。冷めないうちに食べてしまおうとフォークにくるくると巻き付け、口へ運ぶ。うん、やっぱり美味しい。
「ここまできたのに?」
小洒落たカフェの一角。今時計は夜の8時を指している。ユギョムと僕は2人でカウンター席に座り、いつものように同じナポリタンを頼んだ。ジェボムさんのお見舞い……に行ってきた後のことだ。
「なんかもういいんだよねー、ほんとに。僕もこんなにあっさり諦められるもんだとは思ってなかったけどー……」
「今までそれのために生きてきたんじゃ……」
窺うように問うたが、僕の顔を見てもうその気がないと分かったのか、肩を落とした。
「べムべムが良いならいいんだけど」
「ごめんねユギョム。ユギョムがいなかったらここまで来れなかったと思う。ありがとう、その努力を無駄にしてごめんね。」
ジェボムさんの家を見つけ出してくれたのはユギョムだったから。その前から協力はしてくれていたものの、そんな偶然が起きるとは思いもしていなかった。
「いや、でもこれで良かったんだよね?結局べムべムは犯罪に手を染めなくて済んだんだから……」
「うー、まぁ僕はどうなってもよかったんだけどね。」
失う物なんて、もう僕には無いから
「そんな事言わないでよ」
「ごめんごめん」
僕には誰一人家族がいない。そう、僕の愛する人は全てあの事件によって失われた。ジェボムさんの父親が起こした、あの事件で。
殺しの依頼が来ていたのか何のかは僕も知らない。というか知りたくもない。警察もろくに動いてくれなかったあの事件。どうしても僕の手で仇を討ちたかった。それなのにもう実行犯はいない。ならば息子を殺してやろうと思っていた。
僕は家族みんなが死んでから死ぬ気で警察になる努力をして、上司や先輩たちに認められるように実績を残して。それでここまで1人で上り詰めてきた。ジニョン先輩がその事件を調べていると知った時は、神様が僕に味方してくれているのかとすら思ったくらいだった。
やっと殺せる。そう思って、僕はジニョン先輩に秘密でジェボムさんの所にお見舞いのふりをして尋ねた。もちろんバックの中にはピストルを潜めて。
だが話し出すと何故か憎しみが薄れていくのだ。不思議なことに。ヨンジェ君との昔の話を聞いたとき自分の過去と彼が重なった。彼も同じような気持ちで、家族を愛しているのだと。それに父親と母親を失っていることは僕と同じだ。
「ヨンジェ君のことが好きですか?」
そう聞いた時、彼は細い目をさらに細めて
「当たり前です」
と。その瞬間全身から力が抜け、復讐とか仇とか、もうどうでもよくなった。
ジェボムさんはただ実行犯の息子というだけで、犯罪に関わっているわけではない。そんな罪のない彼を殺そうとしていた自分が馬鹿らしくなったのだ。自分でもここまでやったんなら、もっと派手に何かをすればよかったって思ったけど。
「ねぇべムべム。僕ずっと言ってるでしょ?自分の事、ちゃんと大切にしてあげなって。」
ユギョムは小さい頃から性格も何も変わっていない。いつでも僕の隣で笑って励ましてくれる。その優しさが、たまに棘になることもあるのだけれど。
「んー、わかってるってー」
適当に相槌を打ち、またべムべムは、と言いだして説教を始めるユギョムを僕は少し遠い目で見ていた。
その日の帰り、家の近くの花屋に寄ってみた。店長とはけっこう仲が良い方だと思う。
「何でもいいんで、花束下さい。」
気づけばそう口走っていた。店長は何かを察したのか、せっせと花を持ち出し、あっという間に花束を作った。渡されたのはピンクのバラの花束だった。
「ありがとうございます、会計は……」
「大丈夫です。要りません。」
店長は断固としてお金を受け取らなかった。
「すみません……ありがとうございます」
そう言って店を出ようとすると
「温かい心」
唐突に店長はその単語を口にした。
「え?」
「ピンクのバラの花言葉です」
花言葉なんて、一度も気にしたことが無かったな……そう思ってその花束を一瞥する。
温かい心、か。
「また来てください。いつでも待ってます」
店長は深くお辞儀をした。もう一度僕はありがとうございました、と言って店のドアを閉めた。
温かい心、そんなものが僕の中にあるのだろうか。よくわからない。けれどいつかそんなものが、僕の中に宿ればいいな
家に帰り、ソファーにバックを放り投げる。……そうだ、2人に手紙を書こう。マーク先生は2人が理解しあえれば明日退院できると言っていた。今書いて、明日の朝早くに病院に行ってマーク先生に渡そう。
自分でもよく分からない。長年憎んできたはずの相手に手紙まで書くなんて。ある意味僕は狂っているのかもしれないなと、一人で自嘲気味に笑う。僕ができなかったこと、きっとジェボムさんならできるはずだ。引き出しの奥底にしまってあった小さなカードをとりだしペンを走らせた。
ジェボムさんへ
退院おめでとうございます。
もう僕はジェボムさんには
会わないと思います。
だからここに僕の気持ちを書きます。
当たり前のことですし、
疑問に思われるかもしれませんが
僕が言いたいのはただこれだけです。
これからもヨンジェ君を
愛し続けてください。
そしてもう一文書き足す
『そして幸せになってください』
end