イゼルローン要塞に捕虜交換の軍使を迎える際のひとこと。
手ぶらで行こうとするヤンに銃を渡そうとするユリアン。
「もし私が銃を持っていて、撃ったとしてだ、命中すると思うか?」
「…いいえ」
「じゃあ、持っていてもしかたない」
ヤンの戦術はミラクルと呼ばれるほどのもんじゃない。
敵の心理を読み、それに乗じて戦力の分散と集中をくりかえす運用は巧みだが、
実は、自分以外の誰にでも出来る事だと、彼自身は自覚していた。
しかし、彼のこの生き方だけは、真似が出来ない。
いいかげんで酔っ払いの彼が、多くの人に支持されるのは、
彼の持つこの「妙な」信念ゆえだろう。
のちに、敵の内通者だと知っていながら、
バクダッシュに自分の銃をポンと投げ渡すシーンがある。
実は弾を抜いてあった…というオチではなく、
バクダッシュ自身もヤンに銃口を向けるのだが、引き金を絞れない…
司馬遼太郎が描く高杉晋作のように
「死して、その名が不朽と成るならば、いつでも死ねばよい」
といった死生観がヤンの真骨頂だとしたら、
これはもう、現代人の誰にも真似が出来ない。
彼が常日頃から望んでいる死に様。
庭で日向ぼっこをしながら、読書をしているはずが、いつの間にか動かない。
孫娘が「おじいちゃん、寝てるの?」と覗き込む。
…この夢をかなえてあげたかったなあ。