書評「イザべラ・バードの日本紀行」 | 富士市議会議員 鈴木幸司オフィシャルブログ Powered by Ameba

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法政大学大学院 政策創造研究科 M
1 鈴木幸司





 本書は明治初期まさしく「御一新」後の日本を、外国のしかも女性が東北地方をカゴや馬や徒歩で旅した旅行記です。西洋人未踏の地へと単独で旅する英国人女性の視点で描かれており、「日本ほど女性がひとりで旅しても危険や無礼な行為とまったく無縁でいられる国はないと思う」と彼女自身が言うように、本書は未開人に対する不思議な愛情で溢れています。



 「この人たちすべてがキリスト教徒なら」と嘆きつつ、こんなに貧しいのにも関わらず日本には乞食がいない、という事実に彼女は驚愕して以下のように述べています。



   「目は飛び出し、やせているので痛々しいほどはっきり見える筋肉はひとつ残らず震えています。手で追い払えないので虫にかまれて裸の体は文字どおり血まみれになり、大汗をかいているのでところどころその血が流れてはげています。まさしく額に汗して彼らはパンを食べ、家族を養う生活費を誠実に稼いでいるのです!仕事はきつく苦しくとも、彼らはまことに自立しています」



  観光創造論の講義の際、黒田先生から指摘された「何故英国は日本を、インドや中国のように植民地化しなかったのだろうか」というリサーチクエスチョンに対する答えの一つがここにありました。



 キリスト教の啓蒙思想をもってしても、日本人の精神は「救済」するには及ばない・・・日本は何かちがう思想体系の中で「自主独立」している文明であることをいみじくも彼女は発見し、そして現代に生きる私たちも本書によって、彼女の視点を通して「再発見」することが可能になります。



 本書は妹に当てた手紙の形式でつづられ、惜しむらくは翻訳者が「外来語」をむりやり日本語にしているため原書にあたったほうが判り易いと思われる部分もありますが、全体に平易な文体で読みやすい一冊です。



  この本を評価するに当たり、 西欧人が日本人をどのような「まなざし」で眺めていたのか、そして現代もどう眺めているのか、下敷きになる本を2つほど紹介したいと思います。



ひとつは会田雄次さんの「アーロン収容所」です。



 太平洋戦争後の収容所での捕虜生活の記録です。新書版の副題が「西欧ヒューマニズムの限界」とあるように、戦争に勝った西洋人が、日本人をどのように見ていたのか、のちに京大教授となる会田さんの視点から丁寧に描かれた名著です。



 西洋人が一般に、キリスト者と非キリスト者の間にはヒトと動物くらいの差がある、と考えていたのだという基礎知識はこの本から得ました。



 「アーロン収容所」には、西洋人の女性が日本人捕虜のまえで平然と着替えをするシーンがでてきます。サルの前で羞恥心を見せる人間などどこにもいません。戦勝国と敗戦国という違いではありません。独伊には対してはおそらくは使われることの無かっただろう原子爆弾も、日本人に対しては「動物実験」くらいの気持ちで使用してみたかったのも当然だということが解ります。 イザべラ・バードさんは、日本人と深く付き合ううちに、 この未開人たちが、キリストの祝福を受けていないのにも関わらずサルとは違うことに気がつきます。沢庵のにおいを「これより酷いのはスカンクくらい」と言ったり、「聖書に記される忌まわしき煮出し汁」(味噌汁のこと?)に苦労したりと、食生活に関しては困難を極め、その旅は蚤と蚊といった害虫との格闘であったにも関わらずです。



 日本人が非常に子供を大切にすることに感心し、多分寺子屋のことを言っているのだと思うのですが、どんな田舎にも読み書きを教える学問所があることに驚きます。また、日本女性に対しては、時に手厳しく評しています。例えばP429には



「日本の女性は独自の集いを持っており、そこでは実に東洋的な、品の無いおしゃべりが特徴のうわさ話や雑談が主なものです」



とあります。その続きを引用します。



「多くのことごと、なかんずく表面的なことにおいて、日本人は私たちよりすぐれていると思いますが、その他のことにおいては格段に私たちより遅れています。この丁重で勤勉で文明化された人々に混じって暮らしていると、彼らの流儀を何世紀にもわたってキリスト教の強い影響を受けてきた人々のそれと比べるのは、彼らに対してきわめて不当な行為であることを忘れるようになります。私たちが十二分にキリスト教化されていて、比較した結果がいつもこちらの方に有利になればいいのですが、そうはいかないのです!」



 作者のキリスト教徒としてのプライドと、日本人と接して感じた当惑と驚きが、この一文によく表されていると思います。



  さてもうひとつはぐっと趣が変わって、これはSF小説なのですが、興味のある方はぜひ一度読んでもらいたいと思うのが「グレイソン攻防戦」です。



 トム・クランシーと並んで、現代アメリカで最も売れている作家、デヴィッド・ウェーバーの「紅の勇者オナー・ハリントン」シリーズの中の一冊。これはホーンブロワーの海洋小説を髣髴させる、大西洋のかわりに宇宙空間を舞台として、英国海軍将校のかわりにオナー・ハリントンというひとりの女性航海士を主人公として、彼女の成長と活躍を描いた物語の第二部にあたるものです。



  エリザベス三世麾下のマンティコア王立宇宙軍に忠誠を誓うオナーが次に派遣されたのは「グレイソン」という辺境の同盟国。そこは腰に刀をぶらさげた背の低い異人たちが暮らす、男尊女卑がはなはだしい異教徒の星です。



 勘の良い方ならもうお分かりのように、オナーの視点が、まさしくイザベラ・バードと同じなのです。蚤やシラミどころか、その星は呼吸に適さない有害な大気を持っているのにもかかわらず、人々は礼儀正しく、勤勉で、つましく暮らしています。



 オナーの施す医療と軍人としての技量がしだいに人々の尊敬を集め、独立革命事件を通じて最後には「国母」とまで崇められるハメになるのですが、このグレイソン人は間違いなく「日本人」をオマージュして描かれています。(この物語以降辺境国家グレンソンは急速に経済発展し、しまいには独自のアイデアで構成された空母連合艦隊で、マンティコア宇宙軍と共に、ロシアや中国をイメージした共産主義国家と戦うことになります)



 つまり、現代社会においても未だに西洋人は、日本人をこうした画一的なイメージで見ているのだということが解れば、今後私たち日本人が、国際社会においてどのように振舞えばよいのかというヒントになるはずです。



 「イザベラ・バードの日本紀行」という一冊には、「坂の上の雲」とは違う「明治」があります。多くの日本人に一読を勧めたい。そして本書を通じて、現代人が忘れてしまった「何か」を感じていただきたいと念じてやみません。

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