5月21日土曜日
 中学時代のクラス会がありました。


 なんと卒業してから48年目!
 最近は2年毎の開催ですが、道外からの参加者も含めて12人です。


 担任のM先生は亡くなったのですが、クラス会は続いています。

 学年7クラス中、未だにクラス会を開催しているのは我がクラスだけです。
 M先生のお陰もあり、結束の強いことが自慢です。


 当時の札幌は50万人(現在191万人)を超え、膨張を続けていました。 

 郊外に広がる農地が転売されるようになると、人口の流入が加速しました。


 育った環境や文化の異なる人々が、一斉に新しい土地に入ってきたのです。

 地方出身者も多かったようです。


 さらに、進駐軍に替わって配置された自衛隊の家族が、大量に転出入を繰り返していました。


 私達のクラスは訳ありの子が多く、お妾さんの子、極貧の子、病気で2年遅れた子、進駐米軍のハーフ、その筋の子等がいました。


 M先生は寡黙でしたが、一切の区別をせず、全ての子を平等に受け入れてくれました。


 そんな中で、できる子も、できない子も、よい子も、悪い子も、自由にのびのびと個性を発揮できたのでした。


(さて、写真中、馬鈴薯は、どこにいるでしょうか?)



馬鈴薯と碁ショイモ


 現在、札幌近辺に住んでいるのは、クラスの約半数。

 残りの半数が、道外又は道内でも遠い所です。


 次回は、名古屋で開催する予定で、三重に住んでいる同級生が幹事を務めるそうです。


 今から楽しみ 好


 (馬鈴薯が撮影した写真なので、本人は写っていません。左上スミと思った人もいたかな?)