星野富弘さんの詩が、記憶の連鎖を生みました。
“Shirokanipe ranran pishkan,
「銀の滴降る降るまわりに
konkanipe ranran pishkan.”
金の滴降る降るまわりに」
arian rekpo chiki kane
という歌を私は歌いながら・・・
知里幸惠編訳、「梟の神の自ら歌った謡」の出だし・・・
アイヌ語は半濁音とR音が多いから、ころころと美しく響きます。
「アイヌ神謡集」の冒頭には、
その昔この広い北海道は、私たちの先祖の自由の天地でありました。
天真爛漫な稚児の様に、美しい大自然に抱擁されてのんびりと楽しく生活していた彼等は、真に自然の寵児、なんという幸福な人たちであったでしょう。
・・・と、あります。
NHKの「その時歴史が動いた」でも紹介されたので、ご存じの方も多いでしょう。
ピリカな少女、知里幸惠自身は、19歳で夭折しました。
「ピリカ」が、アイヌ語で「よい、美しい、立派だ、元気だ、よくなる、治る」の意味であるにもかかわらず、病が癒えなかったのが残念でなりません。
同じ北海道に住み、大自然に包まれて暮らす馬鈴薯は、この少女の想いを大切にしたい、と感じています。
