金刀比羅大鷲神社/神奈川県横浜市 | Goshuinnistの神社巡り

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ご訪問いただきありがとうございます。神社巡りが趣味の大学生です。有名な大社から地元の鎮守さままで、訪れた神社を紹介しています。情報は筆者が参拝した当時のものです。週1~2回、基本的に19:00更新です。

 

基本情報

神社名:金刀比羅大鷲神社

御祭神:大物主之命・崇徳天皇・天之烏船命

社格等:村社

鎮座地:神奈川県横浜市南区真砂町1-3

最寄駅:黄金町駅・阪東橋駅

駐車場:なし

御朱印受付時間:10時00分~16時30分

公式サイト:https://yokohama-torinoichi.jimdofree.com/

 

御由緒

 当社は遠く安政六年(1859)六月二日横浜が開港するにあたり港崎町(現在の横浜公園)に讃岐国象頭山(香川県琴平町)に鎮座する金毘羅大権現として創建された。慶応二年十二月二十日の大火に類焼され翌三年吉原町に御遷座し更に明治五年に再び高島町七丁目の海側に遷座し金刀比羅神社と社号を改正した。これより先すでに万延元年(1860)十月六日港崎町名主佐吉代要助はかねて神奈川奉行に差し出していた金刀比羅神社の発令許可に請書を出している。明治六年三月には地方長官の認可を受け無格社として神社明細帳に登録されることになり更に明治十五年四月に今の真砂町に移転されこれが現在の神域であります。本来当社は花柳街に勧請せられたのでありますから其の移転と共にしばしばの御遷座が行われたものと思われます。大正十二年九月の関東大震災、更には大東亜戦争の戦災に惜しくも社殿は炎上され昭和二十五年仮社殿再建、平成元年八月鉄筋コンクリート入り母屋造りに建設されたものである。

 酉の市行事は明治初年に高島町に金刀比羅神社が遷座された頃、江戸吉原に倣ってお酉様を同社境内に末社として勧請されこれが大鷲神社のはじめである。この頃から酉の市祭りは盛んで、「開運守護」「商売繁盛」の守り神として崇敬篤く現在は戦後金刀比羅神社と御同座して現在の社号に社名変更された。酉の市祭事はもっぱら武士階級の祭りでもあったようだが酉の市祭事が商人や花街の根強い開運守護または福運を熊手をもってかき集める縁起から喜ばれご神徳高く毎年十一月の酉の日に盛大に斎行され当日は数百軒の露天商が建ち並び開運の熊手を受けられる善男善女で殷賑を極め独占的な年中行事として有名である。

境内の掲示より

 

御朱印

初穂料:300円 (書き置き)

 

境内案内

最寄駅は黄金町駅または阪東橋駅。よこはまばし商店街の中間あたりに鎮座する。
余談ではあるが、この地域は『笑点』でおなじみの桂歌丸氏の出身地であり、商店街には歌丸氏の描かれた旗を多く見かけた。
 
 よこはま橋商店街の裏側、車通りのある道路の前に鎮座。現代風なコンパクトな造りで、いかにも町の鎮守という印象を受ける。
 
社殿は平成元年に鉄筋コンクリート造りで再建した比較的新しいもの。扉に輝く金色の社紋が美しい。
 
当社の鎮座するよこはま橋商店街には寿司屋が多くあるため、寿司屋の有志により建立された「すし塚」も存在する。
 

参拝を終えて

 よこはま橋商店街の一角に鎮座する当社。普段より商店街の鎮守として普く崇敬を集めているが、毎年秋の酉の市では、商店街のみならず横浜市内一円から参拝客が訪れる。しかし、歴史を紐解くと当社は常に横浜の激動の歴史のなかにあったことが分かる。小社ながらも現在までこうして存続し、崇敬を集めているのはまさに地域とともに歩んできた証であると云えよう。

 

地図

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