耳の話 その30 国立時代(16) | 小迫良成の【歌ブログ】

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国立音大2年次、夏。

 

東京藝大の入試要項が出る季節。

要項発表から少し遅れて

声楽科1次試験の課題曲も発表になる。

 

東京藝大声楽科の課題曲については

大体毎年同じような曲が出されるため

対策は非常に立てやすい。

 

課題曲として提示されるのは

日本歌曲・イタリア歌曲・ドイツ歌曲・

そしてフランス歌曲が各15曲ずつ。

 

計60曲の課題曲の中から

日本歌曲を4曲、外国歌曲を4曲選び

出願時に曲目を提出する。

 

一時試験当日、

提出した8曲の中から学校側が

日本歌曲2曲、外国歌曲2曲を指定し

控室に張り出されることになる。

 

受験生は指定された4曲から

日本歌曲1曲・外国歌曲1曲を選択し

合計2曲を審査員の前で歌う段取りだ。

 

受験生は出願時までに8曲を選び、

出願時に伴奏譜を添えて

提出しなければならないが、

ここに数のからくりがある。

 

「提出した8曲のうち4曲を大学が指定し

 その4曲の中から2曲を受験生が選び歌う」

 

ということは、

提出する日本歌曲4曲・外国歌曲4曲のうち

それぞれ1曲(合計2曲)は

試験で実際に歌うことを想定しなくてよい

「捨て曲」で良いことになる。

 

つまり、用意すべき課題曲は

日本歌曲3曲・外国歌曲3曲の計6曲。

 

ここまでは誰もが思いつくこと。

 

ここから更に

もうひとつ仕掛けを作る余地がある。

 

それは「選曲の方向性」。

 

同じタイプの曲を3曲用意すると

どれが指定されるかの予測がつかない。

 

そうなると、

3曲とも同程度の完成度に

仕上げておく必要がある。

 

これが案外、受験生にとっては

ストレスだったりするのだ。

 

そこで、

日本歌曲・外国歌曲の各3曲のうち

それぞれにおいて

毛色の異なる曲を1曲含ませておく。

 

そうすることで、完全とはいえないが

大学側の曲目指定において

一定のベクトルをかけることができる。

 

提出する日本歌曲4曲の内訳は

「本命」として高得点狙いの曲が2つ、

「当て馬」…つまり牽制用の曲が1つ、

「捨て曲」として名前だけ提出の曲が1つ。

 

外国歌曲4曲の場合も同様。

 

実際のところ、

提示された課題曲60曲のうち

バリトンが歌って映える曲というのは

半分もなかったりするので、

選べる曲というのは限られてくる。

 

バリトンが野太い声で

"Lasciar d'amarti"や"Le violette"を歌っても

全然曲として映えないし、

聴く方だって憮然としてしまうのがオチなのだ。

 

かといって、

あまりにかけ離れた曲を記入すると

大人(審査側)の心理として

「あえてその曲を指定してみる」

という悪戯心を喚起しないとも限らない。

 

その辺りは

さじ加減が必要となる。

 

※写真は当時使っていたイタリア歌曲集