1981年12月
ヴァイオリンの購入を巡る
東京藝術大学教授の贈賄事件、
いわゆる「海野事件」が明るみとなる。
この事件については
上記リンク先のWikipediaに
あらましが載っているが、
ここに掲載されておらず
かつ、当時の音大生や音大志願者、
大学の講師たちに波紋を呼んだ事象がある。
それは
講師や教授たちの
学外個人レッスンの単価が
新聞などによって表に出たこと。
本来、そうした情報は
音大の先生たちの間でも
話題に上がることはなく、
実際にレッスンを受けた者も
レッスン料を他所に漏らすのは
憚られていた風潮があった。
それが新聞社や雑誌などによって
「東敦子先生は1レッスン2万円」
「国音の声楽主任だった
波多野教授だと3万円」
といった情報がすっぱ抜かれ、
音楽大学の実情として報道された。
こうした事象を受けて東京藝大では
教授や講師たちの学外個人レッスンを
一時的に禁止することになり、
私が受けていた須賀先生のレッスンも
その年の暮れだったか年明け早々だったかに
中断に追い込まれることとなる。
ちょっと寄り道になるが、
この海野事件の余波について
所感を綴ってみる。
海野事件は
楽器輸入業者による
鑑定書の偽造を発端とし、
東京藝術大学の
ヴァイオリン購入に際して
同大学教授が件の楽器輸入業者から
リベートを受け取っていた事、
同じく同教授が同大学学生の
楽器購入に際しても便宜を図り
業者からリベートを受け取った事が
(当時)公務員に準じる国立大学教授の
受託収賄罪に当たるとして問題となったもの。
その意味では
「音大教授の学外個人レッスン」は
この楽器購入に伴う贈賄と
何の関係もなかったりするのだが、
各音大の有名教授の
学外個人レッスン料が公開されたことは、
音楽大学の先生たちの間に
悪い意味での影響を与えることになったと思う。
すなわち
「学外個人レッスンを行えば
レッスン料は全額独り占めできる」
…というもの。
各音楽大学での
正規の学内レッスンは
基本週に1回、
年間回数も定められている。
しかも常勤以上の場合、
大学の給与はコマ単価ではなく
月単位で定められており、
何人のレッスン生を受け持とうが
それで給料が上がる訳ではない。
ならば、
正規の大学レッスンは
なにかと理由をつけて休講にし、
その代わりに先生宅での
個人レッスンを有料で行えば
更に大きな収入が見込めることになる。
「週1回のレッスンでは上手くならない」
「今ここで
ちゃんとしたテクニックを
身につけておかないと
良い演奏家にはなれない」
「個人で練習するには限界がある。
悪い癖をつけないためにも
レッスンに通い続けることが必要」
「本気で今の癖を矯正したいと思うなら
週に3回はレッスンに来なさい」
建前はどうあれ、
80年代後半から90年代にかけて
「学内・学外のWレッスン」や
「学内休講・学外で補講」といった、
何かと個人レッスンに
生徒を誘導したがる教授や講師が
文字通り猖獗を極めていた。
無論、そうした事とは無縁の
良心的な先生も確かに存在したし、
私もそうした先生の一人と
この時期に巡り合っている。
だが、
そうした個人の良し悪しとは別に
あの頃の音楽大学周辺が全体として
なにか妙な熱に受かれたかのように
「個人レッスン」ばやりだったことは
今でもよく覚えている。
同一先生によるWレッスンだけでなく
大学での担当の先生に隠れて
学外で個人的に通う「隠れレッスン」や
「ボイトレ」と呼ばれる発声専門
(といいつつ内容は歌全般に及ぶが)
のところに足繁く通う
「使い分けレッスン」などが流行するのも
この頃からだったなあ…
やがて、
この行き過ぎた学外個人レッスンは
生徒や生徒の保護者からの
大学へのクレームを呼び込むこととなる。
各音楽大学では対策として
在籍する学生の学外個人レッスン全面禁止、
あるいは個人レッスンの料金の上限を設け、
大学によっては本学卒業生の個人レッスンすら
禁止という厳しい規制をかけて現在に至っている。
‥‥一見、
海野事件とは関係のなさそうな
音大の先生の「学外レッスン」だが、
あのバブルの頃と期を同じくする
音大の先生たちの「個人レッスン」熱、
その最初の口火となったのが
海野事件だったのではないかと
私は思えてならないのだ‥‥
(続)