少し前に父の33回忌をしました。
子どもの頃からお父さんっ子だったので今でも父のことを思い出すと涙が出そうになります。
若いときは元気だったから透析をするようになるとは夢にも思いませんでした。

父は誰の援助もなく一代で土地と家を購入しました。
当時は土地は親からの贈与というのが多かったので父のように家も土地も購入する人は少なかったです。今になって思えばかなり仕事もたくさん取って夜遅くまで働いていたので相当無理をしていたと思います。
さらに本業以外でも本業が暇なときは副業もしていました。
本当によく働く人でした。
人の倍は働いたとよく母が言ってました。
でもこんな病気になったのでは、本当にそう思います。
透析の話は本当につらいことが多すぎて思い出すだけでもつらいこともたくさんありました。
母も亡くなり、やっと文字にできました。
父が病気になって家族の結束が強くなったのは良かったかもしれません。
相手を思いやる気持ちも自然に身についたと思います。
とはいえ、時々父に対してひどいことを言ったなあとか冷たいことをしたなぁと思うこともあります。
長い病気になると初めは大変だなあと思って色々気を遣うのですが透析は日常生活の一部になってくるのでつい父親が病気ということを忘れてしまうこともよくありました。
もっと優しくしてあげたらよかった、もっと優しい言葉をかけてあげたらよかった、今になっては後悔することばかりです。
父も透析から帰ってきて、黙ってうつむいて何も言わない時もありました。
透析をしている人はもっとしんどいとか疲れたとか言ってもいいと思います。
家族ももっと声かけをしてあげてほしいと思います。
本当に1日おきに家族のために透析を頑張って続けてくれているのです。
ねぎらいの言葉を帰ってきたら毎回かけてあげて欲しいです。
母は毎回帰ってくると「今日はどうだった?」と聞いてあげていました。
私は横目で見ているだけだったので今思うとちょっとでも声かけしてあげたらよかったと思います。
内臓の病気の人ははたから見れば元気そうな普通の人に見えるのです。
だからしんどいとか疲れたとか言葉にしないとついまわりも気が付かなかったりします。
父は特にしんどいとか、疲れたと言葉にする人ではなかったのでよけいにわかりにくかったです。
透析を何のためにしているのか?誰のためにしているか?
これは家族のためです。当たり前だと思ったらダメなんです。しんどい思いを身体をはってしてくれているのです。誰も変わることはできないのです。
本当に心から「お疲れ様。」って帰ってきたら言ってあげてくださいね。