あれから何日たったでしょうか。そんなに時間は経ってないと思うのですがあっという間に入院する日がきたように思います。
朝、起きて自分の車で行ったのかタクシーで行ったのかそれさえも覚えていません。
本当に肝心なことはいつも忘れています。
受付をして入院の部屋に案内されたようには思います。
しばらくして男の看護士さんがきて検温をしたと思います。
男の人だったので医者なのか看護士さんなのかちょっとわからなかったのは覚えています。
少し話してみるととても話しやすい人だったのでちょっと不安なことや気になることを聞いてみました。
お医者さんには聞きにくいので男の看護士さんがいてよかったです。女の看護士さんとはまたちょっと違う雰囲気なんですよね。まぁ、珍しいのもあったのかもしれませんが。
入院するのもお産以来だったし、まわり見ても年寄りの人ばかりみたいで雰囲気もお産とは全然違うんですよね。まぁ、当たり前なんですが。
「手術の時は全身麻酔らしいのですが途中で目が覚めることってあるんでしょうか?」と聞いてみました。本当にこれは1番聞きたかったことだったのです。
すると、「それはないですね~。きちんと調べてやっているので。」と。
「でも、もしそうなるとこわいですよね。」とも言ったのですが「大丈夫ですよ。なりませんから。」と。
なんか親しみやすそうな看護士さんだったので聞けれてよかったです。
もし、「いや、それがたまにはありますよ。」とでも言われていたら本当にどうしようかと思っていましたから。
あとはたぶん部屋の説明とか他にも色々話したとは思うのですがほとんどなにも覚えてないです。
部屋は6人の大部屋でした。
奥から2番目だったので窓がなくて真ん中でした。
夜になるとカーテン1枚で仕切られているだけなので隣の人のいびきや寝返りをする音が聞こえてきました。
大部屋だったので見舞いにくる家族の人がいたり、検温や検診にまわってくる看護士さんやお医者さんが入り口に入ったすぐの人から順に奥に入ってくるので常にざわざわした感じでした。
でも今思うと個室で1人で色々考えていたらロクなことを考えなかったとも思うのでこれも病院のはからいがあったのかと思います。
私のところにも家族が夕方になってやってきました。学校が終わって、夕食を食べる前くらいの時間だったような気がします。
明日が手術なのでちょっと緊張した感じで「頑張ってね。」と母や子どもに言われたような気がするのですが。いや、そんなことは言ってなかったかもしれません。叔父さんが車で送迎をしてくれてるから、と言って早々に帰っていったような気もします。
子どもたちの顔も見て母にも会えたのでちょっとホットしたのと家から病院が近かったので前日にも会うことができたのはやはり嬉しかったです。
みんなが帰ったあとには、病院の夕食を食べたと思います。
その後は特にお風呂に入ることもなくただ、明日の手術を待つだけの時間だったように思います。
私がこれ以上何を頑張ったらいいのだろう?とかなんで私が脳腫瘍になったのだろう?なぜ私が?!とか私が手術するわけでもあるまいし、とかどうにもならないような答えのないようなことばかり考えていたように思います。
結局は私はまな板の上の鯉でしかないのです。
いくら考えても何を感じても思っても自分の力ではどうすることもできないのです。
全身全霊を手術する先生にゆだねるしかないのです。
そしてこの結果が良くても悪くても受け入れるしかないのだと。
安心感とやるせなさの両方の気持ちがありながらももうなるようにしかならない、と天に身をゆだねるしかないのがわかったひとりぼっちの夜でした。
とそんなことを思ってはいたのですがいつの間にかうとうととして寝てしまっていました。
今さらですが私は徹夜をしたことがありません。結局どんなにつらいことがあってもどんなに嫌な思いをしてもどんなに理不尽な事があってもどんなにキツイことを言われても必ず最後には睡魔が襲ってきていつも寝てしまうのです。
今回も同じように眠れないこともなくいつの間にかすやすやと眠っていました。
