大好きなじいちゃんのいつもと違う顔を見たことがあった。
私の大好きなじいちゃんは母方のじいちゃんで父方のじいちゃんはすでに亡くなっていたので知らない。
ある日の2時頃だったように思う。
父方のばあちゃんの家で遊んでいたら突然、大好きなじいちゃんがやってきた。
もう、嬉しくて嬉しくてすぐに玄関に出て、いつものようにだっこしてもらおうと飛び出していた。
じいちゃんは私の顔を見るなり、「今日は大事な話があるからまた今度なぁ。」となぜか手を前に出していたのを覚えている。
子供ごころながらもなんか今日はダメなんだなあと思った。理由はわからなかったけどこんなことは初めてだった。
でも、なんとなく今日だけなんだろうなあと思った。
そしてまた別の日になるとやっぱりいつものように私を見ると優しい顔で抱っこしてくれた。
大人たちの間ではとても毅然とした態度で接する人で周りの人たちはみんな一目置いていた人だった。
でも私や母に対してだけはいつも優しかった。
そしてやっぱりあの日だけはいつもと違うじいちゃんを初めて見たし、その後も二度と見ることのないじいちゃんだったのでいまだに忘れることができない。

後になって知ることになったのだが、その日は母が自転車に乗れないことを謝罪しに行ったらしい。
父親の実家が自転車屋さんだった。嫁ぎ先が自転車屋さんなのに自転車に乗れない、練習させてもやっぱり無理でした、という報告だったらしい。
運動場に行って母が自転車の練習をすると言って何度かついて行ったことがあった。
ミニサイクルのタイヤが小さい自転車に乗ってこごうとするのにやっぱりフラフラして乗れないのを何度か見た。少しは前に進むようになるのかと思うけれどその前に足が地面についてとても怖そうにしていた。
父も母の練習を見ていたがもっとタイヤの大きい自転車の方がいいと言っていたのだがそれは怖いと言っていたのを覚えている。
何日か練習について行ったけど結局、乗れなかった。
母は県外の人で子どもの頃には家の周りは電車が走っていたので自転車に乗る必要がなかった。それで
乗ったことがなかった。結婚して必要に迫られて(?)練習していたのだと後から思った。
自転車は子どもの頃に練習しないとこわいのだと思った。その頃に私は自転車に乗れるようになっていたのかいなかったのか、それさえももう覚えてはいない。
今思うと、じいちゃんは自転車に乗れるようになれなかった母の事をどんなに心配してくれていたのかと思う。
そしてじいちゃんは私に大人になると社会の顔と家の顔があることを教えてくれたと思う。
両親の愛情とはまた違う別の味のある愛情や荘厳な姿勢や態度は祖父母から学んだように思う。
核家族がどんどん増えて行った頃だったけれども行き来はよくしていたと思う。
そしてまた別の日になるとまたじいちゃんは私を迎えに来てくれたのでいつものようにじいちゃんをめがけて走って行くと抱っこしてくれて、自転車の後のかごに乗せてじいちゃんの家に連れて行ってくれたのでした。