最近更新していなかったのは、調子が悪過ぎて書く気力もなかったから。
動けない程に悪化する事もなくしかしやる気も起きず本を読む気力もない、出来ることと言えば寝る事と、日光浴ぐらいなものだった。
しかし、気に入らない事や間違っていると思う事に遭遇すると、調子が悪い事など無視して激昂するのが自分の性格だ。精神はどこか、聞き分けのない子供のような所がある。
体の一部であるのに自覚もなく肉体に負担をかける。かける負担を知りもせず、どこか悲鳴をあげるまで我儘をして、気分が悪くなって来たら文句を言う。
なぜそのように融通が利かないのか知りたい。
忘れようと思うのに、不道徳な宗教の事が頭をかすめ、思い出されて怒りがこみ上げる。
精神の自由に宗教の自由が組み込まれているのが理解出来ない。精神的な成長や、教戒を受け入れる理解力のない人物に盲信させてしまうのは簡単な危険だ。標的として、悲劇的な事で判断力のなくなった人を陥れるのも簡単な事だ。
これが自由であるものか。
怒ったり、無理をしたりしていて、何とかま ともに動けるようにと最近は肩もみとストレッチをして、体のこりと緊張をほぐして寝る事をしはじめた。精神力があっても、体が緊張するとうつには良くないらしい。
融通の利かないのをしつけるのは自分自身だ。