●享保8年(1723年7月19日) 徳川吉宗が人材登用のための「足高の制」を制定。
(足高の制=たしだかのせい)
江戸幕府の各役職には各々禄高の基準を設けられていた(例:大番頭5000石)。
そこで、それ以下の禄高の者が就任する際に在職中のみ
不足している役料(石高)を補う制度である。

能力や素質があるが家柄が低いために要職に就けないといった旧来の不都合を解消し、
良質の人材を登用することをその目的としている。
ただし実際にはそれ以前にも、特に有能な者は加増をしてでも高位に取り立てることは
行われており、それが幕府財政窮乏の一因ともなっていた。

足高の制によって、役職を退任すれば石高は旧来の額に戻るため、
幕府の財政的な負担が軽減できるというのが最大の利点であった
(ただし、遠国奉行は出費の機会が他の役職よりも多いことを考慮されて
足高の有無を問わずに役料が別個に支給された)。

しかし現実には完全施行は難しかったようで、家格以上の役職に就任した者が
退任するにあたって世襲家禄を加増される例が多かった。