《福田繁次郎》
苗字が着いてるのだから、明治時代には、活きてたのだよ。とね、繁次郎の逸話の、
明治22年頃の話で
[ヤイッ、貧乏神の繁次郎どごさいぐんだば?]と、
それに答えて、
[おおう、これからおおやげさよ]と、
その当時、おおやげとは、「網元」を指してると思われるのですね。では、この辺から、ニシン漁がそろそろ下火になってきたのだろう?と、
推察されるのですね。そして、
大正14年で、江差のニシン漁は終わってるのですね。

それに、繁次郎も成人してるのだなと、
また、福田と苗字が着いてるのだから、明治三年から五年には、生れてたのだな?と
推察されるのですね。