(開戦日)
敗戦までは、記念日でしたよ。
昭和16年12月8日が、開戦日なのですね。

昭和12年頃から、なんとなくあんずましく無い国際的な情勢となり。
やがては、凍りついたガラスのように、一発触発の様子で、どこかの国のだれかが、間違ってでも、ズドンと
ぶっ放したら、戦争が始まりそうで。とても危険な状態でした。が、なにが原因したのか?
日本が、銃を一発でも討てばと、変わり。
にほんが、日本がと。日本の国内情勢は、
だれの話も聞かないし、わがままで、独り歩きする
政治家が居て。各政党は解散して、党首は、こんつけだわらしみたいに、閉じこもりをで、国民の皆さん
からは、独り歩きしてる人の所へ、励ましの手紙が
山ほど届くし。そして、12月8日の朝。

日本艦隊は、ウラズオストックの港に集結して、出発の合図を待ってたのですね。
でも、号令はかからないまま、
予定の時刻となり勝手に出発したのですね。すると、
洋上で、受電〔ニイタカヤマニノボレ〕

このにいたかやまは、その当時、日本で一番高い山で。山頂から、
寒冷地帯&温帯の地帯&亜熱帯の地帯&熱帯と。

つまりこの戦いに勝てば、こうした各地帯が懐に入る。つまり、
取らぬ、狸の皮残用だったのですね。

にいたかやまの名づけ親は、明治天皇だそうですよ。
にいたかやまを漢字で書くと新高山=しんこうざん
台湾にあります。