【9月21日(火)】
先負仏滅大安赤口先勝友引
六曜は大安である。
●嘉永7年11月11日 幕府、オランダに蒸気軍艦2隻を発注(咸臨丸及び朝陽丸)
(咸臨丸=かんりんまる)
安政4年(1857)にオランダで建造させた木造・3本マストの蒸気軍艦。
原名ヤパン。排水量625トン、機関100馬力、備砲12門。
幕府海軍の練習艦として用いられた。
万延元年(1860)勝海舟を艦長として
遣米使節の随行艦となり、太平洋を横断。
◎今、咸臨丸は、木古内=きこないの隣町〝泉沢=いずみざわ町〟の海底で。
仙台から乗せてきた屯田兵=とんでんへいと共に永眠してますよ。
(朝陽丸=アサヒまる)
木造内輪式蒸気コルベット、建造費:100,000ドル
排水量300トン
長さ27間=けん、=約49m
幅4間=約7.27m
機関蒸気機関
3本マスト
出力100馬力
速力6ノット
乗員:108名
大砲 8門
咸臨丸の姉妹艦
●文久3年11月2日 三河国加茂郡の農民が物価引下げを求めて一揆。初の「世直し一揆」
◎打ちこわしや一揆そのものは生活苦の改善や新規の徴税に反対するものが中心であり、思想的・政治的な背景に欠くもので、
最終的には幕府・諸藩のいずれかの力に鎮圧されて終わった事が多い。
だが、攻撃の主要な対象が御用商人などに向かったことによって、結果的には幕府・諸藩の軍事行動の足を引っ張る結果となった。
でも、ここでは一揆がかなりありましたね。いかに、為政者が、住民を
苦るしめるような?、政治をしてたかの物語ではありませんか。
●文久3年11月2日 土佐藩が、武市瑞山ら尊攘派を一斉に投獄
(武市瑞山=たけちずいざん)
[1829~1865]幕末の尊攘派志士。土佐の人。通称、半平太。
郷士の子で、土佐勤王党を組織。吉田東洋らの佐幕開国論に対抗。東洋を暗殺し、
一時藩論を尊攘に導いたが、藩主山内容堂に入れられず、切腹を命じられた。
(吉田東洋=よしだとうよう)
[1816~1862]幕末の土佐藩士。藩主山内豊信に登用され藩政改革に努めたが、
保守派・尊攘派に暗殺された。