【2月13日(土)】
友引先負仏滅大安赤口先勝
六曜は友引である。
●延暦16年3月15日 『続日本紀』全40巻が完成。
(続日本紀=しょくにほんぎ)
平安初期の歴史書。
六国史=りっこくしの第二。40巻。
菅野真道=すがののまみち・藤原継縄=ふじわらのつぐただらの編。
延暦16年(797)成立。
文武天皇即位の文武元年(697)から桓武天皇の延暦10年(791)までを、
漢文の編年体で記述。
続紀。
●大同2年3月25日 『古語拾遺』が献上される。
(古語拾遺=こごしゅうい)
平安時代の家伝。1巻。
斎部広成=いんべのひろなり撰。
大同2年(807)成立。
中臣=なかとみ氏に押された斎部氏が、
その勢力挽回=ばんかいを図って、
同氏の事跡を漢文で記し、
平城=へいぜい天皇に献じたもの。
上代史研究の貴重な資料。
●仁安3年3月24日 京都で大火。焼失家屋約3千軒。千手堂・悲田院などが類焼。
(千手堂=せんしゅどう)
猫の手も借りたい。から、
他力本願=たりきほんがんから、作った仏像で、手が=うでもあって、いくらでも、
足りない手は貸しますよ。で、
人間本体が、持ち合わせてない力を、神や仏に頼る心が〔本願〕なのですね。
(仏様の言葉)=仏語と言います。
三福田=さんぷくでんの一。
貧者・病人など哀れみを受けるべき者。
恵みを施すことによって福果を得られるところからいう。
(悲田院=ひでんいん)
古代、貧窮者・病者・孤児などの救済施設。
養老7年=723興福寺に施薬院=せやくいんとともに置かれ、
その後天平2年(730)光明皇后が平城京に設置し、
のち諸国の寺院などにも設けられるようになった。
悲田所。
(三福田=さんぷくでん)
供養=くようすることによって福徳が得られる三つのもの。
敬田=きょうでん・
恩田=おんだ・
悲田=ひたの称。
また、三宝のこと。)
●建仁元年3月19日 辛酉革命の為、正治から建仁に改元。
●天正19年4月6日 豊臣秀吉が千利休を京都から堺へ追放。
千利休は、三千石の高禄で、お茶を差し上げるだけでもらってたのですね。
そこで、秀吉が
[茶道の奥義を教えろ]から、
二人の仲が、ぐくしゃくするようになったと、私は感じてるのですよね。
そして、切腹までさせられたのですものね。
●明治3年3月14日 樺太開拓使を設置。
ロシヤと管理しあってたのですものね。