【10月25日】
仏滅大安赤口先勝友引先負
六曜は仏滅である。
●承元元年11月16日 建永から承元に改元。
●寛永14年12月11日 島原の乱。
天草・島原の農民が藩・領主の圧政、キリシタン弾圧に反抗して蜂起。
●安政5年11月30日 徳川家茂、十四代将軍に就任。
(公武合体)
言ってみれば、人質結婚。
将軍、家茂の時、公武合体と、
宮様と将軍の結婚が提案されて、
犠牲者となったのが、和宮、親子=ちか子だったのですね。
和宮は、有栖川宮=ありすがのみやと、結婚する予定だったのですね。だから、
関東下向の途中で、関ヶ原で、休憩の時に、すくっと立ち上がって、
真っ赤に紅葉した葉を三枚、手折って、西の方をながめ、コックリとうなずき、
懐紙に紅葉をはさんで織って、懐に入れて、婚約者との思いを断ち切った様子だったと。
(和宮=かずのみや)
[1846~1877]
仁孝天皇の皇女。孝明天皇の妹。名は親子=ちかこ。
公武合体運動のため、
14代将軍徳川家茂=いえもちに降嫁。
家茂の死後に
剃髪=ていはつ、
静寛院宮=せいかんいんのみやと称した。
江戸開城の陰の力となった。
婚約者だった
有栖川宮=ありすがのみや=官軍の総大将に、
[江戸を戦場にしないでおくれ!]と、
お願いの手紙を、勝海舟に託したのですね。
有栖川宮=ありすがのみや
この人が官軍をひきいてるから官軍なのですね。
明治元年12月8日 榎本武揚らが北海道・箱館の五稜郭を占領。
仙台から、函館二向かった、開陽丸でした。が、着いた所が、森町の北のはずれだったのですね。
そこから陸路五稜郭まで行軍をしたのですね。
この戦いに、フランスが、チョッカイかけて来て、兵も武器弾薬もいくらでも貸与する。抵当物件は、敗戦後、エゾ地を植民地に。と、で、
徳川慶喜は、それはいかん事であるからと、榎本に
[日本を植民地にしてはいけない
だから、この戦いに負けて死んでくれ]と、
密書をとどけたのですで、
榎本は、降伏をして、とうまるかごで、江戸まで運ばれて牢獄生活をしたのですね。
(誕生花)
10月25日
カエデ・
フウセントウワタ
(唐綿=とうわた)
ガガイモ科の一年草。
高さ60~90センチ。
葉は長楕円形で先がとがる。
夏、赤い花が咲き、
実が熟して裂けると、
白い毛をもつ種子が出る。
南アメリカの原産で、
観賞用。
(蘿=ががいも)
ガガイモ科の蔓性=つるせいの多年草。
日当たりのよい山野に生え、
葉は長い心臓形で、
対生。
茎や葉を切ると
白い汁が出る。
夏、淡紫色の小花を総状につけ、
大形の広披針形の実を結ぶ。
種子には絹糸状の白い毛がある。
ガガイモ科の双子葉植物は約2000種が
熱帯・亜熱帯に広く分布し、
低木または多年草で、
花は両性花。
種子に長毛のあるものが多い。
トウワタなども含まれる。