【7月28日】
●寿永2年(1183年8月17日) 後白河法皇が平家追討の院宣を下す。
義経に、院宣を下したあと、源氏だけの力で、勝利を得たのではない。を、
しらしめるために、にせの文を平家へ届けたのですね。で、
最前線では、戦ってるのに、平家の総大将は、酒盛りをしてたのですね。

その時に、義経は、鵯越の岸壁をくだって、一之谷の平家の陣営の後方から攻め立て、
放火をしたので、最前線では、「勝戦」なのに、後方では、平家の名だたる武将の戦死が、最前線へ伝えられ、平家軍は、総崩れとなり、船で逃げるために、船に泳ぎ着いた
仲間を、切り捨てなければならなくなったのですね。

この時ですよ。あの哀れな笛の話は。

平家の義経こと、平の秀衡は、既述してあります。

●慶長8年(1603年9月3日) 徳川家康の孫の千姫が、豊臣秀頼の大坂城へ輿入れ。
なのに、家康は、大阪城を攻めたのですね。
天下人になりたいがために

●元禄11年(1698年9月2日) 隅田川に永代橋が架かる
(永代橋=えいたいばし)
東京都、隅田川に架かる橋の一。
中央区新川と江東区永代とを結ぶ。

江戸時代、赤穂義士が
引き揚げに通ったことで知られる。