【母の思い出=母の日だから】
去年の12日の夕方に、造花のカーネーションを
「かあさんにお供えしてケレ!」と持って来てくれました。
私が認識したのは中学生の頃に突然厚沢部に現れた呉服屋さんでした。今活躍してる人は、「バレー=バレーボール」の指導者として、また、商店の方では、昼頃に薯の塩煮を店に鍋のまま出して、婆様たちに食べさせたりして、
次いで、クリスマスにサンタさんの姿となって各家庭を回って
「メリークリスマス」と、商品の、か?靴下とかタオルとか、お手拭きなどを配って歩いたのです。
確か道新に報道されたのではないかな?、それ以来「父の日」&「母の日」&「子どもの日」&「年末とか年度末」などにも、息子などは、受験の頃に
「ガンバレや」と、茶飲み茶碗をもらいましたヨ。ある年は、三月の終わり頃に「メリークリスマス」と各家庭を訪問するなどもありました。
そんな訳で、母の日を仏壇にカーネーションを、茶の間の丸いテーブルに今年初めて氷をそしてご飯をお供えしました。
母の日だけど、私の心は妻へのお供えでした。
きょうは、有線放送から、<ははの歌詞の歌を聞かせてます>
(母の思い出)
私は、10番目のbachikkoで、それに母も事故で、脊椎がへこんでるので、私と母の思い出話は、と言うよりは、あまり関わっていないのですね。
3歳頃に、二番目の兄の嫁が、私の心の中での母です。
今、その人の姪が、私の面倒を見てくれてる!ヘルパーさんの一人ですよ!。