【!完成!】
乙部岳にはばまれたならば、雲石=うんせき峠をと、
かなりの急ピッチで作業が進められたのです。でも、
気に要りませんでした。
坂の勾配が急で、カーブが急だから、
その頃のミサイルは、車に搭載されてたのですね。

嫌われたけど、ヤッパリ乙部岳をと
乙部町姫川から乙部岳へ、
今でも立派な舗装道路!が、ところが、とんでもハップン
電波の伝搬の良い所へ、出会ってしまったので!
防衛上のアンテナがで、ハーイそれまでよで、
一般人の通行止めとなってしまいました。

そこで目をつけたのが「厚雲隧道」=こううんずいどう
こううんずいどうは、山岳を、車のデフをドスンドスンと音させて、車の屋根を木の枝でこすりながらの通行だから、

厚沢部から落部=おとしべまでの平地に新しく道を作ったのです。
沢山生えてる山蕗を犠牲にしたから「やまぶき街道」と。

サテ梅漬け峠が通行止めだから、
木古内=きこないから峠を越えて、上ノ国の湯ノ岱=ゆのたいへ
これが、太平洋岸から太平洋岸までのコースとなります。が、

梅漬け峠のコースの、なん倍も遠くなってしまいました。