吉原で出来た言葉が出て来ました。
そもそも吉原が葦原なのです。江戸は火事が多い街だったので、ある大火の後に、葦のむらがってる湿地帯を幕府から譲り受けた人が、スマホでネ!、
江戸中の売女たちを一か所に集めて、縁起の良い名前にするために葦=よしを吉=よし原としたのですネ。だから吉原の中の街の名前が、昔女たちが働いてた街にちなんでつけられたのですネ。「五け町と呼ばれてます。それと江戸の街の中にも、〝大門=おおもん通り〟があるし、札幌のすすきののすすきは葦の一種でしょう。だから昔はすすきのにおおもん通りがあったそうですし、函館だって
大門=おおもんって読んでもいいジャン。
江差に新地があり、函館に新川があるのですヨ。江差の新地の女郎屋の息子が私と高校で同級生でした。忘れてたジャアア、吉原で出来た言葉ひとつ
(ひやかす)、貼り店と言って、道路と並行するように、細長く畳を敷いた部屋に女たちがずらりと並んで座ってるのを見た客が「右からなん番目」とかと
指名して契約して買うのです。その女たちを見物して歩くだけの客を「ひやかし客」と、でもそもそも言葉の始まりは、吉原の女たちの店以外の処で、チリ紙
工場があって、くず屋さんが集めて来たクズの紙でチリ紙を作ってたのです。今はこの世には無い紙です、〝あさくさ紙〟を、クズ屋さんたちが集めて来たクズの紙をうるかす事をひやかすと。うるけるまでの間に、そこの職人たちが、貼り店をしてる女たちを見物して回る事から、ひやかすの言葉が、紙をうるかすと
ひやかす客のWパンチの効用をするようになったのですネ。