オラホの町厚沢部(あっさぶ)の開拓のされ方(Part2)
「土橋(つちはし)」この橋の下にさかなが沢山居る。
とにかく沼が、いくつもある部落でしたヨ。
この部落の西の端っこに、明治になってから、
青森の五所川原から入植者が一家族あって、新たな部落名が出来ました。
その名は「五所川原」
「はたない」
アイヌごのはたない=エラ草が沢山生えてる所から、川が流れてて「はたない川」、
のちに、苗木を育てる畑が出来たところから、「畑内」と
「がむし」=「カムイウシ(熊が多い)」今では役場の所在地。
がむしの北の端っこに案野炉川が流れてるので、
がむしの川上だから、上=かみがむし
「かみがむし」
福島からの単身家族が入植!、苗字を福島と、この部落の東の端っこから、南に進んで、いやしない。が、
「いやしない」
温泉旅籠屋があったそうです。すると、大野街道は、ここを通ってたのではありませんか?
「あんのろ」=やっとホットした所
落部=おとしべから山越えしてきて、ヤット見えた平野だからでしょう?
「わしぽり」
わしぽりの東の端っこを「エゾ岱」と、たぶん、「ここまでがエゾだ」の意味だろう?
「清水原野」
エゾ岱までと思ったら、その奥地に開拓者が、だから「原野」がついた訳ですネ。
正式な所名ですヨ。

オラホの町厚沢部(あっさぶ)の開拓のされ方を書きますネ。
大別すると、西の方から「下(しも)地区」&「鶉地区」そして「館(たて)地区」と
国道に沿ってるのは「鶉地区」と「下地区の一部」ですヨ。
西の方から開けたのですネ。たぶん、海が近いからなのでしょう。
(下地区)
先ず先住民族が住み着いて開拓したのでしょう。
部落の名前が、ほとんどアイヌ語をもじったものですもの。
西の端から書くと
「目名(めな)」=冷たくておいしい水の小さな流れ。との意味だそうですヨ。
目名川が、厚沢部川の支流だから、「小さな流れ」なのではございませんか?
最初に住み着いた人は、津軽海峡で遭難して、
近くの海岸に漂着した人だと言われてますヨ。それに
目名とは、北海道ではかなり沢山ある地名ですヨ。集落の名前だけでは無く、
川の名前や沢にもつけられています。
「水の消える川」
目名川は、夏になると水が消えてしまって、地下を流れて、部落のすぐ近くから
川底に姿を現すのです。だから痛いくらい冷たいのですネ。
その川を挟んで小さな平野となっていますので、
最初に住み着いた人もここを選んだのではありませんか?


 

夢は先祖からの知らせ
 出稼ぎに行ってる息子から電話で「家でなにか、変わったこと
あるんではない?」と、「なんしてヨ?」と、すると
「ゆうべ、孫爺っこ夢サ出て来てヨ、今度見晴らしがよくなると、言ってだからヨ」と、

そこの家の墓が、移動されて少し高い所に行くことになっていたのだそうです。