どーも。

黄金週間でも、時間のある限り

絵仕事してるだいごろうです(^▽^;)

 

 

 

・・・って書くと、大変そうなイメージかもですが

好きなことを仕事にしてるのでね。

ぜーんぜん大変って感じてなくて、

むしろ「仕事(好きな事)したい」って感じで(笑)

 

でも、

 

 

好きなゲームもやっちゃってますけどね(笑)

こんなことしてるから、時間がいくつあっても足りないんだよなぁ(^▽^;)

 

 

 

 

俺は、こうして

『好きな事』『やりたいこと』をして生きている。

つまりは、『自由』だ。

 

以前、『絵と文』で

 

 

好きなことしろ!


by絵描き士・大五郎

 

 

 

好きな事してる人に向かって、

文句を言うヤツは、

好き勝手に、自由に、言ったり行動したりする相手が

羨ましいと感じているから。

自分も好き勝手やって、自由にしてるヤツは、

文句が出ない。

自分の好きな事、やりたいいことで精一杯になるから

相手のことを気にしていられなくなり、

文句を言うヒマもない。

そして、自分が自由に生きられているのも

周りが生かせてくれているから・・・と感じることができ、

文句どころか感謝の気持ちでいっぱいになる。

感謝の言葉しか出なくなる。

 

 

 

・・・そう本気で思ってました。ごく最近までは。

 

 

 

ところが、どっこい・・・

自分が好き勝手やっているのに、

同じく好き勝手やっている相手に向かって

文句を言うヤツが、俺の目の前に現れたのです!(+__+)

 

 

 

 

 

それが、昨日、詳細を

別のブログで書いたわけですが・・・

 

 ↓

親に言いたいことを言った後の罪悪感は何?

 

 

 

そう、俺の母親(+__+)

 

イヤでイヤで仕方なかった会社を

クソマジメに働き詰めて、定年退職を迎え、

晴れて『自由』になれた母親。

 

毎日、自由!

ビバ、自由!

 

よく世間一般が言う

「やらなきゃならないこと」とか

「普通のおばあちゃんは、こうするでしょ」とか

そういうことは、俺の中にはない。

だから、母親の『自由』に関して

俺は、文句を言わない。言ってない。

俺自身も、自分勝手に、好き勝手、自由に

生きているからだ。

 

一生、自由!

ビバ、自由!

お互いの自由を尊重しあえばいい。

 

 

 

・・・なのに、文句を垂れる母親!!!( ̄□ ̄;)

 

え・・・?

こんなに毎日、自由に暮らせてるのに?

 

え・・・?

自分の自由は認めてもらってるのに

周りの自由は認めないの?

 

え・・・?

なに、その自己中心的な文句の数々(+__+)

 

いっしょに住み始める前から、

ちょいちょい自分の母親の、

今まで見たこと無かった『性格』が顔を出してくる。

それを今、把握していっている途中だ。

 

まぁ、とにかく母親は

心配戦隊タイヘンジャー』の一員だったようだ(笑)

そして、不幸そうな、不満たっぷりな表情と文句が

とてもよく似合う顔だったのだ。

もともと、そういう顔してたのだ。

 

 

 

 

それが、俺自身、子供を授かり、親に成ってみて

嫁ちゃんと子供たちと母親と

同居し始めて、初めて、分かったこと。気づけたことだ。

 

 

 

んで、上記のリンクのブログ記事を書いた後で、

よくよく自分の文章を見ていて、また気づいたことがある。

 

 

 

あぁ、そうか。

 

 

 

『自由』になったら、文句を言わなくなるわけじゃないんだ。

『自由になる』って、そういうことじゃないんだ。

『自由になる』んじゃなくて、もともと『自由だった』んだ。

 

そう、『自由』には・・・

 

『文句を言う自由』も含まれていたんだ!

『不平不満を言う自由』も含まれていたんだ!

『理不尽な自己チューな発言を言う自由』もあるんだ!

 

 

 

母親の『自由』を見ていて、やっと気づけた新発見でした(^▽^;)

もちろん、母親と同じ『自由』をやってもいいし、

違う『自由』をやってもいい。

 

やっても、やらなくてもいい。

それが『自由』。

『自由な選択』が、つねに俺たちにはあるんだ。

 

「それはない」と決めつけている人は、

自分勝手に、己の信じている『自由』で選んでいるだけ。

「それ」と言っている時点で、

自分の中に無かった選択肢が目の前にある証拠。

それを自分の意志で切り捨てているだけ。

 

俺たちは、つねに『自由』に、

自分の都合のいい選択肢を選んでいるだけ。

自分の不都合な選択肢を切り捨てているだけ。

 

誰かが言っていた。

「選択肢がある時点で自由であり、幸せなこと」だと。

それに気づくべきだと。

 

 

 

そうか、そうか(^▽^;)

母親の『自由』には、文句を言う自由があり、

俺の中には、今まで、その選択肢がなかったのだ。

いや、自分で勝手に、その選択肢を切り捨てていただけなのだ。

 

だから・・・

 

母親に文句を言わせるのも、俺の自由。

そして、そんな文句に付き合うのも自由。

文句に対して、猛反撃するのも自由(笑)

俺自身が、周りに文句を言うのも自由。

母親のように・・・親父のように・・・

自己チューになってしまうのも自由。

そうならないようにするのも自由。

 

 

 

ま、とりあえず、『今』は・・・

母親のようには成りたくないなぁと感じている(汗)

だって、楽しそうな人生に見えないもん(^▽^;)

事あるごとに文句を言う人生・・・

周りの人たちの『好き』や『自由』を否定して、

自分の『好き』や『自由』だけを貫こうとする人生・・・

息苦しそう(^▽^;) かなり生き苦しい(^▽^;)

ま、それは母親の『自由』。

俺は今後も誰かの自由を否定はしない。肯定もしない。

ただ認めるだけ。認識するだけ。

 

「この人は、こういう思考(性格)の人なんだな」で終わり(^▽^;)

 

みんな違って、みんないい。

 

みんな同じでも、違ってても、いい。

 

自由に、好きに、生きろ。

 

 

 

 

 

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まぁ、なんだかんだ言って、

俺も親父や母親のようになってしまっているんだと思うよ(笑)

違うって思っているのは、本人のみ(^▽^;)

 

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