あー・・・・(^▽^;)


すっかり、日曜日が『父の日』だってこと

忘れてました~(・_・;)

まぁ、数十年、いっしょに住んでないから

今まで『父の日』というイベントなんて

全然興味もなかったし・・・

多分、これからも無いでしょうね( ̄ー ̄;


みなさんは、どんな『父の日』でしたか?


限定記事に

今もなお、コメント残してくれるアメンバーさんがおられて・・・

温かいお言葉に、感謝してます。

長文だった上に、反応に困るネタだったと

思いますが、それでも何かを受け止めてくれて

何かを伝えようとしてくれる・・・

本当に、みなさん良い人たちばかりで

自分は幸せものだなぁと実感してます。

本当に、ありがとうございます。(^-^)/




さて、今日のネタなんですが・・・

ごめんなさい・・・笑えないっぽいです(汗)

本当なら、小学生のころの笑えるネタを

書くつもりだったのですが・・・今日は、

俺が人生で「初めて嘘をついたエピソード」を綴ります。


俺の『幼少期~大阪編~』は、一応、

離婚の決断は俺でした ・・・で

終わっているんですが・・・

小学生のエピソードを書く前に、これを

書いておこうかなと思いまして・・・(^▽^;)


これ、『母の日』に書けばよかったなぁと、

イラスト描き終わった時点で思いました(汗)


話は、今より28年前くらいの・・・

幼少期の話です。


親父と離婚した母親は

俺を連れて、自分の実家がある北陸地方へ

引っ越してきました。




オチつき大五郎え日記



年明けぐらいだったと思います。

生まれて初めて、「雪」というものを見て・・・

ちょっと怖くなって泣いてしまった記憶があります(汗)

臆病なもので・・・(;´Д`)ノ




オチつき大五郎え日記



相当な甘えん坊でした(汗)

母親がいないと寂しくて泣いてしまうほどでした。

今まで我慢していたのもあります。


しかし、母親はのんびり

俺にカマっているヒマもありませんでした。




オチつき大五郎え日記



じじ様やばば様がいるけど、金銭面では甘えることなく、

俺の面倒を見てもらう代わりに、自分は

早朝から夜まで、休む日もなく働き始めたのです。

毎日、毎日、家と工場の往復のみ・・・。

仕事は魚を加工する職場だったようです。

臭いが苦手な母親でしたが、文句も言わず、

休むこともなく、ただ黙々と働いて・・・

帰宅すれば、家事をなるべくこなして・・・

雨の日も風の日も、自転車で出勤して・・・





オチつき大五郎え日記



俺は、じじ様やばば様がいたけど、

いっしょに遊んでくれるはずもなく・・・

大阪にいたときと同じように、一人で遊ぶ事が

多くなっていったのです。




オチつき大五郎え日記



でも、やっぱり、母親が帰宅するたびに

スキンシップというわけじゃないけど、必ず甘えてました(汗)

寂しかったんでしょうね・・・。

母親も母親で、疲れて帰ってきているのに

イヤな顔をせずに、だっこだけはしてくれました。


そんなある日・・・




オチつき大五郎え日記



いつものように、だっこしてもらっているときに

何かの『異臭』に気づきました。

何かが腐っているような・・・とても変な臭いでした(汗)


けっこう、今でも鼻は利くんですよね( ̄ー ̄;


このときも、気づかなければよかったのに

臭いの元に気づいてしまったのです。


そして、バカ正直に言ってしまいました。




オチつき大五郎え日記



仕事で、魚を扱うわけですから、

当然、日に日に、母親の手は洗っても落ちないくらいの

魚の臭いがついていたのです・・・。


しかし・・・この言葉を言った瞬間・・・!




オチつき大五郎え日記



単なる平手打ちじゃない・・・大人の平手打ちでした。

・・・ふい打ちだったのもあって、俺は吹っ飛びました!(汗)

そして、「何も悪いことしてないのに・・・?」と

パニックになりながら痛くて泣き出しました。


その時・・・


時刻は夕暮れだったので、薄暗くなった部屋で

夕陽の逆光もあって、確認しにくかったけど・・・




オチつき大五郎え日記



母親は、ぶった手を抑えて、震えながら・・・

目に涙をいっぱいためて・・・泣いてました。


怒りと・・・悲しみが・・・入り混じった表情でした。


そして、泣く俺を放り出して、そのまま

ばば様のいる部屋へと走っていったのです。

ばば様・・・つまりは、母親の母ですね。

母親は、いつも俺には何も言わなかったけど、

たびたび、ばば様に相談したり愚痴を言ったりしていたようで・・・

このときも

「息子にこんなことを言われた!」と怒りつつも

「・・・ぶってしまった」と泣いていたそうです。




オチつき大五郎え日記



ばば様は、一人で泣く俺をなだめに来てくれました。

そして、何が起こったのか・・・俺に分かるように

話してくれたのです。


俺のために、がんばって働いて、

臭い魚も我慢して、休まず働いて、

家に帰れば、じじ様やばば様、そして俺の面倒を見て・・・


「お母さんは、お前のために臭い仕事を

毎日、我慢して働いてくれてるんだよ」


そう教えてくれました。


しばらく、俺は母親に抱きつかなくなりました・・・。

手が臭いのは本当のこと・・・

本当のことを言ったのに怒られるのが

理不尽に感じてしまったんです。

でも、ばば様の聞いた話からすると、

悪いのは俺の言葉・・・


俺は・・・


そして、数日後・・・




オチつき大五郎え日記



母親が帰ってきたときに

久々に甘えるように抱きつき・・・

俺は強引に、母親の手にしがみつきました。


母親は、また「臭い」と言われるのがイヤで、

離そうとしましたが、俺は・・・




オチつき大五郎え日記



これが、俺の人生の『初めての嘘』でした。





オチつき大五郎え日記



母親は、泣きながら・・・

嬉し泣きで・・・俺を抱きしめてくれました。


こうして、俺は「嘘も方便」という言葉を

身を持って知ってしまったわけです(汗)




母親に抱きついたのは、それが最後です。

それを伝えたあとは、一度も抱きつきませんでした。

母親の負担にならないように、と。


それからの俺は、かなり嘘をつきましたが(汗)

いずれも、すぐにバレる嘘ばかりです( ̄_ ̄ i)


みなさんは「自分の初めての嘘」を覚えていますか?





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