寂しい夜と淋しい僕で 気がつけば世界は二人きり -73ページ目

寂しい夜と淋しい僕で 気がつけば世界は二人きり

想いは誰にも見えないから、このようにブログにしてみたのです。
ダメな僕を朝日とやらが映し出す時まで

とあるQuizKnockの番組で出題された英語のことわざ。

『It is no use crying over spilt milk』

直訳は
「溢してしまった牛乳のことを嘆いても無駄だ。」
という意味。

ことわざで意訳すると、
『覆水盆に返らず』
となる。



あの時、ああすればよかった。
もしも○○なら、今ごろ××だろうに。



社会人になってから、こんなことばかり考えている。
考えるだけで、どうしようもないのに。
何度でも過去を振り返ろうと、過去は一度も振り向いてくれない。
それでも僕は昔のことに目を向けては、あの時の自分の発言や行動や考えについて後悔している。
そして自分で言うのも何だが、過去の後悔をズルズルと引きずっているようなどうしよくもない人が、僕は好きだ。
僕は僕のことがあまり好きではないけれど、僕みたいな人は好きだ。スベっても大コケしても不屈の精神で頑張ってほしい。


ところで、どうして後悔をするのだろうかと考えたとき、その理由は画一化する事が非常に難しいということは分かっているつもりだ。
なぜなら後悔の裏側には、
それぞれの理由があるから。
様々な事象が積み重なっているから。
当人にとってはのっぴきならない事情があったから。
十人十色の幸せという言葉があるように
十人十色の悩みや不安があるんだ
それは時に運命というか、生まれた時から背負うことが決まっていたみたいにさえ思えてくる。
後悔を繰り返す人は、各々の“不幸”とも呼ぶべき運命のせいで、たとえ今日がいい日でもめざましテレビの占いが1位でも好きな人とセックスをしても満員電車で席に座ることが出来ても、明くる日はまた後悔に悶え苦しんでしまうのではないか。


なんか切ないね。